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Web3.0「DAO投票システム」の衝撃

~意思決定ガバナンスを可視化するイノベーションの可能性~

柏村 祐

目次

1.DAO投票システムの登場

DAO(Decentralized Autonomous Organization、日本語訳は「自律分散型組織」)は、インターネットにおける革新的なデータ流通構造であるWeb3.0を実現する組織形態の1つであり、効率的な運営を実現する試みとして創られた。

DAOにおいては、組織の行く末を左右する重要な意思決定事案について、メンバー自らの提案が可能であり、他のメンバーは、事前に定められた期間に提案内容に対する投票を行う。また、提案内容、投票結果がインターネット上で可視化され、世界中誰でもその情報を閲覧できる。

現時点でDAOを運営する事業体の多くは、暗号資産、NFT、ブロックチェーンを事業の中核に据えている。DAOの組織数は増加しており、それに伴いDAOにおける提案数、投票数も増加している。このような中、DAOの提案・投票が行われる場として、暗号資産を議決権として活用する「DAO投票システム」の利用が進んでいる。「DAO投票システム」とは、DAOにおける提案内容や投票結果に関連する作業工程を透明化、効率化する意思決定システムである。2022年8月下旬現在、「DAO投票システム」に登録されているDAOの数は約8,900となっており、増加の一途をたどっている(注1)。

本稿では、台頭するDAOにおける意思決定プロセスを透明化・効率化する「DAO投票システム」について概観し、その仕組みについて考察を行う。

図表1
図表1

2.DAO投票システムの実態

DAOにおける意思決定は、DAO独自の暗号資産(ガバナンストークン)を一定量以上保有するメンバーが行う。そのため、一般的な企業の取締役会のように限定された少数のメンバーによる意思決定とは異なり、多くのメンバーが迅速に意思決定を行えるような透明化・効率化された仕組みが求められる。

DAO組織を運営する工程は、組織行動に関する事案を提案する提案工程、その提案の実施可否をメンバーが判断する投票工程、投票された内容を実行する実施工程の3つに分類される。「DAO投票システム」は、これら3つの工程のうち、提案工程と投票工程を効率化する仕組みである。

提案工程では、所属するメンバーがルールに基づきDAO組織に対する提案を行う。投票工程では、提案内容に関する可否判断がメンバーの投票により行われるが、提案に対する投票力は、一人一票ではなく、ガバナンストークンの保有量に応じて決定される。

「DAO投票システム」に登録されたDAOは、提案された内容に応じて投票方式を指定できる機能など、効率的かつユーザーフレンドリーな機能を利用できる。DAOのメンバーであること、ガバナンストークンを一定量以上もっていることなどの条件をクリアすると、「DAO投票システム」において提案を行える。実際にDAOに提案された内容とその投票結果は、時系列にウェブ上で表示される。そのため、メンバーとして所属するDAOにおいて、どのような提案がなされ、どのような投票結果になったのかを明確に把握できる。投票結果は、投票者が保有する投票力(=ガバナンストークンの保有量)の合計によって決定される。

例えば、メタバース上の土地を取得・販売したり、これらの土地に商業施設や住宅を建設し販売するビジネスを実施しているDAOにおいては、メンバーから新たにNFTの土地を取得する提案が行われ、それに対する投票が行われた。その結果をみると、賛成票342、反対票11という結果となり、96.88%の賛成により可決されている(注2)。また、当該DAOでは、購入した土地に家を建設する提案もなされており、この提案については、反対票640、賛成票287という結果となり、69.04%の反対により否決された(注3)。

なお、「DAO投票システム」では複数の投票形式が準備されており、提案者は提案内容に応じた最適な投票方式を設定できる。最もシンプルな投票方式は、提案に対する賛否を問う「単一選択投票」である。また、賛否を問う単純な提案ではなく、複数の選択肢から選んで投票する場合は、「承認投票」が設定される。さらに、多くの立候補者からランクを付けて評議員を選定する場合などには、「ランク付け選択投票」が設定される。

投票方式について具体的な事例を見てみよう。例えば、上述のDAOにおける提案事例では、メンバーの意識調査が行われており、ここでは「承認投票」が活用されている。提案内容の選択肢には、「Conservation and public goods(自然保護と公共財)」、「Building a city(街づくり)」、「Buying land and real estate(土地・不動産の購入)」が挙げられており、各投票者はこの3つの選択肢から1つだけでなく、複数選択が可能であり、投票者の投票力は等しく配分される。ある投票者の投票内容を確認したところ、「自然保護と公共財」と「街づくり」の2つに投票していることを確認できた(注4)。

また、このDAOでは、DAOを立ち上げたコアチームに代わるものとして、DAO評議会が設立され、評議員を選定する投票が行われた。投票に際しては、投票方式として「ランク付け選択投票」が使われている。提案内容では、15人の候補者の詳細を確認できる。投票者は、提案内容から候補者の詳細情報やこれまでの討論状況を確認の上、「ランク付け選択投票」を行う。実際にあるDAOにおいて「ランク付け選択投票」された結果を見ると、1位の人は403票、2位は201票、3位は155票を獲得したという結果が開示されており、メンバーでなくても閲覧することができた(注5)。

3.DAO投票システムの可能性

以上みてきたように、「DAO投票システム」は、数千のDAO組織における提案工程、投票工程をシステマティックに行える仕組みを提供している。これは、DAOが拡大する中、DAOにおけるガバナンスの中核となる透明化・効率化のニーズが顕在化した結果であると考えられる。また、数千に及ぶDAO組織がDAO投票システムを利用することにより、DAOごとの提案数や投票結果も確認できるため、どのDAOが組織として活発なのか、あまり活動していないのかを把握できるツールとしても活用が見込まれる。DAO投票システムの提案工程や投票工程は、非常に効率的かつシステマティックな意思決定プロセスを実現しており、加えて、過去の決定事項の記録の可視化にも成功している。DAO投票システムが世界のDAO組織における提案工程・投票工程で利用される基本ツールとなっていることは、DAO組織運営に欠かせない存在となっている証左であろう。

一方、株式会社など中央集権的な組織における意思決定には、取締役会、社内稟議などの仕組みが活用されている。このような意思決定方法が発達してきた理由として、限定された少人数のメンバーによる意思決定プロセスをいかに透明化・効率化したらよいかを追求してきた背景がある。そのため、オープンで多くのメンバーが意思決定に関わる「DAO投票システム」の意思決定プロセスと株式会社の意思決定プロセスを単純に比較することは難しい。

ただ、従来の中央集権的な組織では、いわゆる「偉い人」が組織における意思決定を行い、決められたことを「偉くない人」が行う仕組みである。最近では、このトップダウンの意思決定が仕事のやらされている感をもたらし、主体的に仕事に取り組めないメンバーが増加し、組織活性化を阻害する要因の1つとして課題となっている。一方、DAO組織においては、「偉い人」や「偉くない人」という概念はなく、DAOのミッション・ビジョンを実現するための提案がメンバーから行われ、その実施可否については、多数のメンバーの投票に基づき決定される。DAOは、メンバーが自由に活動に参加できる分散型組織であり、メンバーが主体的で自律的に仕事に取り組める環境を備える。そのようなDAOのミッション・ビジョンを実現するためのメンバーの共感を可視化する「DAO投票システム」は、DAO組織のメンバーの一体感にもつながるものであろう。

Web3.0時代の到来が見込まれる中、その中核を担う組織として注目されるDAO組織の効率的な運営につながるDAO投票システムは、暗号資産、NFT、ブロックチェーン業界において活用されるイノベーションであり、今後、DAOガバナンスの中核を担う機能として更なる進化が見込まれるのではないだろうか。


柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: AI、テクノロジー、DX、イノベーション

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