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がん患者等の精子・卵子凍結への助成制度

~不妊治療への保険適用に伴う制度の拡充~

重原 正明

要旨
  • 若年層のがん患者等に対して治療を行う場合、その後の子どもを持つ能力(妊孕性(にんようせい))が損なわれる場合がある。そのうち一部の場合においては、治療の前に精子・卵子などを採取して凍結保存しておくことにより、妊孕性を一定程度保つことができる。
  • このような目的での精子・卵子等の凍結については2021年度に公的助成制度が作られた。また凍結保存後の精子・卵子の体外受精については、不妊治療に適用されるものと同じ公的助成制度が適用されてきた。
  • しかし、2022年4月から不妊治療が保険適用されるにあたり、体外受精の保険適用対象は不妊治療のためのものに限定されたため、がん等の治療の前に予防的に採取された精子・卵子等からの体外受精は保険適用外で助成制度もなくなることとなった。
  • そこで国による検討が本年3月に行われ、がん等の治療前の精子・卵子等の採取・凍結保存に対する公的助成制度の対象に、その後の体外受精等の不妊治療も含めることとなった。国の基準では体外受精の助成対象は女性が43歳未満のカップルに限られるが、内容は実施主体の都道府県により若干異なる。
  • がん等の患者の妊孕性温存は、子どもを持ちたいという患者の気持ちに応えるものであるとともに、将来結婚・妊娠の可能性のある若い世代の治療へのハードルを下げることでもある。この制度が多くの人に知られること、またこの制度を通してエビデンスの蓄積が進むことを望みたい。
目次

1.はじめに

不妊治療への保険適用がこの4月から始まった。この制度を待ち望んでいた方も多いことだろう。

一方で、保険適用という新しい制度に伴い、手当てが必要な変化が出ている部分もある。十分なエビデンスの得られていない治療法については先のレポート(注1)でも触れたように、先進医療として保険適用へ向けたエビデンスの蓄積を進める道が想定され、すでにいくつかの治療法が先進医療として認定されている。

このレポートでは、別の影響として、がん治療に伴う凍結精子・卵子に関する助成制度と、その不妊治療保険適用に伴う見直しについて解説する。

2.がん等の治療にかかる精子・卵子の凍結保存への助成

がん等の病気(注2)の治療には、卵巣や精巣の機能に障害を生じさせる可能性のあるものがある。そのため、「AYA世代」(注3)と呼ばれる、思春期からおよそ30歳代までの世代のがん等の患者が、将来子どもを持つことを希望する場合、がん治療の前に精子・卵子等を採取したり卵巣を摘出したりしてこれを冷凍保存することが行われることがある。がん等の治療が終わった後などに例えば体外受精により胚を作成することで、がん等の治療による子どもを持つ能力(妊孕性)の低下を乗り越えて、子を持つことを可能にするのである。

ただしこのような「妊孕性温存療法」は保険適用外であり、独自に補助を行う自治体が増えてはいたものの、本来のがん等の治療に加えての高額な医療費の負担は、若い世代にとっては重いものであった。

そこで、2021年度より「小児・AYA世代のがん患者等の妊孕性温存療法研究促進事業」として公的助成が行われるようになった。この制度は、a.上記のような「妊孕性温存療法」に対して都道府県が助成を行う b.国は(国の定めた)助成額の半分を負担する c.対象患者の妊娠・出産に関する情報や臨床情報等を日本がん・生殖医療登録システム(JOFR)に集積する の3点を主な柱とする。

助成金を得るには、都道府県の指定医療機関で妊孕性温存療法を受ける必要があるほか、治療内容、年齢などに制限がある。また制度のできた当時は、すでに体外受精以降の不妊治療に関する公的助成制度ができていたことから、妊孕性温存療法に関する助成は、精子・卵子等の採取(摘出)・凍結・保存、および摘出した卵巣の再移植までの過程に限定された。1回あたりの助成上限額は、卵子採取・凍結で20万円、精子採取・凍結では2.5万円などとなっている。

コロナ禍の影響もあり、2021年度始から制度をスタートできなかった自治体もあったが、2022年3月末までには、ほとんどの都道府県で妊孕性温存療法に関する助成制度がスタートしていた。

3.不妊治療の保険適用に伴うがん患者等への助成範囲拡大

しかし不妊治療の保険適用が2022年4月から始まることで、妊孕性温存療法に関する助成制度は見直されることとなった。

不妊治療の保険適用は精子・卵子の採取、保存、胚の生成から胎内に戻すまでの一連の治療について保険適用としているが、その対象は(原因が明確でない)不妊のカップルに限定されており、がん等の患者は対象外になった。このため、妊孕性温存療法に関する助成のうち、体外受精以降のプロセスの分については助成が打ち切られ、そのままではいわば穴のあいた形になることになった。

そこで不妊治療の保険適用の内容が固まった後の2022年3月11日に厚生労働省の「小児・AYA世代のがん患者等に対する妊孕性温存療法に関する検討会」が開催された。そしてそこでの検討の結果を受け、2022年4月から、妊孕性温存療法に関する助成制度の対象範囲が、体外受精以降も含めた妊娠までのプロセス全体に拡大されることとなった(資料1)。

資料1 がん等の患者に対する妊孕性温存療法と助成(概念図)
資料1 がん等の患者に対する妊孕性温存療法と助成(概念図)

新規適用部分の助成金額については、凍結卵子を用いた生殖補助医療に関しては1回につき上限25万円、凍結精子を用いた場合や凍結卵巣組織再移植後の場合は30万円などとなっている。また助成の条件については、都道府県の指定医療機関で受けることのほか、年齢・回数等について不妊治療の保険適用とほぼ同じ条件が付されている。通常の不妊治療と異なり、精子・卵子の保存期間が10年以上に長くなることも多いと推定される(若い時の精子や卵子を用いる)ことから、不妊治療の保険適用と同じ年齢制限(体外受精の治療開始時の女性の年齢が43歳未満等)とすることに強く反対する意見も上記検討会では出されたが、不妊治療の保険適用との兼ね合い等から、まずは同じ条件で開始することとされている。

この拡大は準備のできた都道府県から行われるため、執筆時点ではまだ範囲拡大部分の取扱いを示していない都道府県も多い。一方、各都道府県や市町村等で上乗せ給付を行っている場合もあるので、実際の助成金の給付額・給付要件については、都道府県のインターネットサイト等でご確認いただきたい。

4.おわりに

がん等の患者の妊孕性温存療法への助成は、患者の費用負担の軽減という直接の目的を持つ一方で、子どもを持ちたいという患者の気持ちに応えるものでもあり、その意味で少子化対策でもある。またがん等の病気の側から見れば、将来結婚・妊娠の可能性のある若い世代に対し、がん等の治療を行うことへのハードルを下げることでもある。

さらに、この制度には、妊孕性温存療法に対するエビデンスを蓄積するというもう一つの目的がある。将来エビデンスが蓄積された段階では、助成範囲の拡大や、保険適用に向けた議論が進む可能性もある。そのためにも、この制度の対象となる人の多くが制度を知り、活用することは重要なことである。

都道府県指定の医療機関が1∼2か所しかない場合も多いなど、まだ使い勝手の上では改善の余地があるが、妊孕性温存療法に関する助成制度が多くの人に知られること、またこの制度を通してエビデンスの蓄積が進むことを望みたい。

以 上

【注釈】
1)拙著「体外受精への保険適用の内容~今後の焦点は着床前検査と患者サポート~」(2022年2月) https://www.dlri.co.jp/report/ld/181655.html。
2)対象となる疾病には、がんの一部の他、造血幹細胞移植が実施される非がん疾患(再生不良性貧血等)、アルキル化剤が投与される非がん疾患(全身性エリテマトーデス等)も含まれる。
3)Adolescent&Young Adultの略。

【参考文献】

  • 厚生労働省インターネットサイト

重原 正明


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。