ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

かかりつけの歯科医の活用がQOL向上に

~全うさせたい「食べる・話す・笑う」の暮らし~

後藤 博

目次

1. QOLに影響する口腔機能の大切さ

食べる・話す・笑うなどといった口腔に関する機能は、QOL(生活の質)の維持・向上に影響する基本的な機能である。

特に摂食嚥下(食べる)の機能は栄養摂取の点で重要であり、健全な身体の維持、生存に欠かせない。また、発話での障害もコミュニケーションに支障をきたす。食べたい時に好きなものを食べ、感情・表情をもって人とコミュニケーションをとりつつ、支え合い楽しみながら暮らすことが生活の質を左右する。また、後述のように、口腔疾患が全身の基礎疾患等に影響することも知られている。

そこで本稿では、口腔の健康を保つことが生活の質に関係することを (1)口腔機能の日常生活への影響、(2)口腔の健康が全身の健康に及ぼす影響の側面から検討する。そのうえで、口腔の健康保持に向けかかりつけの歯科医の役割を確認し、その活用について考える。

2. 口腔の健康が生活の質に影響する~口腔の基本機能と全身の健康への影響から~

先ず(1)の口腔に関する機能が日常生活に影響することについて考えてみよう。口腔機能は、食べる、喋るなどに関わり、人が社会のなかで健康な生活を営むために必要な基本的機能である(注1)。特に咀嚼、嚥下といった「食べる」ことは生存のために必要な機能であり、それには言うまでもなく歯が重要な役割を果たす。歯の機能を維持するには、その形態保全だけでなく、喪失リスクを減少させるために、口腔内細菌の除去を適宜実施するなど、歯の健康を保ち続ける必要がある。

(2)の口腔の健康と全身の健康との関係については、近年の研究により口腔の健康が全身の健康に影響していることが明らかになっている。それは、口腔内細菌による炎症が様々な疾患の発症や悪化に影響を及ぼすというものだ。

数ある口内細菌の中で耳にすることが多いのは、むし歯菌と歯周病菌である(注2)。むし歯が進むと菌が歯神経の血管に入り込み、全身を巡っていわゆる菌血症を起こし、体力の落ちている人や高齢者では心内膜炎、腎炎、関節炎、皮膚炎などの原因になりうるという(注3)。一方、歯周病菌は血栓症や動脈硬化の原因となることや、歯周病菌の出す毒素や歯ぐきの炎症によって発生した物質が、糖尿病や肺炎、低体重児出産の誘因になることも分かってきている(注4)。また歯周病菌のなかには、誤嚥により気管支から肺にたどり着くものもあり、高齢者の主要な死亡原因の1つである誤嚥性肺炎の原因になることもある(注5)。

このように歯の健康は全身の健康に影響するため、予防と治療によって歯周病やむし歯、関連疾患の減少につながれば、健康寿命の延伸にも影響すると考えられている(図表1)。

3. 口腔の健康維持のために

口腔の健康を維持するには、専門職による健診、重症化予防のための早期治療、継続的な管理を行うことが大切であり、生活者には適切なサポートを受けるための積極的な行動が求められる。

歯の健康管理についていえば、歯周病の重症化抑制策となる歯垢の除去等はセルフケアだけでは対応しきれない。2020年度からは、一部の歯科診療所で歯面清掃を含めた歯周病安定期治療が保険適用対象となっているので(注6)、活用することが望ましい。

また、口腔の些細な異変から加齢もあって口腔機能の障害に至るといった認識も定着しつつある。たとえば歯が悪くなって堅いものが食べににくくなり、「咀嚼」の機能が低下するケースである。初期段階で適切な対応をすれば、元の健康な状態に戻せる可能性は高くなるため、歯の健康管理は重要だ。そのため、些細な異変についても歯科医に相談し、適切な指導を受けることが、できるだけ長く口腔機能を維持させるための有用な方策となるだろう。状況によっては、「嚥下(飲込み)」の機能低下について耳鼻咽喉科に連携してもらえることもある。

4. 「かかりつけ歯科医」機能が推奨される方向に

以上のように、口腔機能の維持のためにも歯の健康管理は重要で、そのために日頃から定期的に検査や相談に対応してもらえる歯科医、いわば「かかりつけ」の歯科医をもつことが望ましい。

日本歯科医師会によると、「かかりつけ歯科医」は「安全・安心の歯科医療の提供のみならず、医療・介護に係る幅広い知識と見識を備え、地域住民の生涯に亘る口腔機能の維持・向上を目指し、地域医療の一翼を担う者としてその責任を果たすことができる歯科医師」と定義されている(注7)。

ここでいう「かかりつけ歯科医」には、(1)歯科医療の専門性、(2)医科・介護と連携し患者支援を行う総合性、(3)在宅支援といった機能が期待されている。この「かかりつけ歯科医」であれば、(1)の歯科診療所と高度な診療・治療が可能な病院との連携による歯科診療・治療の専門性と、(2)の医科と歯科の連携による医療の総合性を確保しやすくなる。また、介護支援者等との連携による生活支援は、より幅広い助言・指導を受けることを可能にする(図表2)。(3)の在宅支援については、病気を患ったり要介護状態になるなど歯科への通院が難しい場合や、在宅等での急変時などの歯科訪問診療(注8)に対応する。

ただ、このような機能をもつ「かかりつけ歯科医」に関する体制整備は現在進められているところである。まずは日頃治療を受けている歯科医を自分のかかりつけとして、定期的に検査や相談をしてみてはいかがだろうか。

5. おわりに

生涯を通じて口腔の健康を維持するには、セルフケアの意識をもち、必要な知識を習得していくことが大切だ。そのために、日頃からかかりつけの歯科医の助言・指導を受けることが望ましい。現在、歯科医療の提供体制は「歯の形態の回復」から「口腔機能の維持・回復」に重心を移していく方向にある(図表3)。病気とまでは言えない状況であっても、かかりつけの歯科医の判断で医科のケアにつながり、疾患の効果的な抑制・重症化防止につながるかもしれない。


【注釈】

1)厚生労働省「e-ヘルスネット」
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/teeth/h-08-001.html
2)代表的な口腔疾患はう触(むし歯)と歯周病であり、その患者数も多い。「平成29年患者調査の概況」によると、う触(むし歯)が190.7万人、歯肉炎及び歯周疾患が398.3万人。
3)公益社団法人鹿児島県歯科医師会ホームページ
http://www.8020kda.jp/webpat/newsview.php?mode=d&aid=1569&cid=7&page=3
4)公益社団法人鹿児島県歯科医師会ホームページ
http://www.8020kda.jp/webpat/newsview.php?mode=d&aid=1569&cid=7&page=3
5)特定非営利活動法人日本臨床歯周病学会ホームページ
https://www.jacp.net/perio/effect/
6)歯周病治療後、一時的に病状が安定した状態にある患者に対して提供する歯周組織を維持するための継続的な治療である。歯周病安定期治療の健康保険の適用は基本的に3か月に1回程度となっている。但し、一定の要件を満たす「かりつけ歯科医療機能強化型歯科診療所」が提供する場合は毎月1回の適用が可能になっている。
(厚生労働省「第504回中央社会保険医療協議会 総会」(2021.12))
7)日歯科医師会ホームページ
https://www.jda.or.jp/jda/other/kakaritsuke.html
日本歯科医師会 「2040年を見据えた歯科ビジョン-令和における歯科医療の姿-」(2020.10)は厚生労働省「歯科医療提供体制等に関する検討会中間館報告~「歯科保健医療ビジョン」の提言」(2017.12)を踏まえた内容となっている。
8)訪問歯科診療とは、要介護高齢者が在宅や施設で歯科診療が受けられるもの。身近なかかりつけの歯科医などに相談し、外来受診が困難な場合であっても治療をあきらめないことが重要。(生労働省「e-ヘルスネット」
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/teeth/h-08-002.html

【参考文献】

  • 厚生労働省「歯科医療提供体制等に関する検討会中間館報告~「歯科保健医療ビジョン」の提言」(2017.12)
  • 公益社団法人日本歯科医師会 「2040年を見据えた歯科ビジョン-令和における歯科医療の姿-」(2020.10)
  • 厚生労働省「第504回中央社会保険医療協議会 総会」(2021.12)
  • 「歯科診療-令和4年4月版-」医歯薬出版株式会社(2022.4)

後藤 博


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後藤 博

ごとう ひろし

ライフデザイン研究部 シニア研究員
専⾨分野: 保健・介護福祉、障害者アドボカシー

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