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暗号資産「取引所仮想通貨」の衝撃

~なぜ「暗号資産取引所」は自ら暗号資産を発行するのか~

柏村 祐

目次

1.拡大する暗号資産取引

ビットコインをはじめとする暗号資産取引が拡大している。 2014年1月時点における暗号資産全体の時価総額は約1兆円だったが、2021年12月上旬には250兆円となり、その市場は大きく成長している(図表1)。

図表 1 拡大する暗号資産市場規模
図表 1 拡大する暗号資産市場規模

市場の成長に伴い、暗号資産取引に必要な「暗号資産取引所」は、世界中に数百か所存在するようになった。「暗号資産取引所」では、株式取引や為替取引における証券会社と同様に、暗号資産の売買の仲介を行う「場」を提供している。多くの「暗号資産取引所」が乱立する中で、各取引所では、事業を持続的に継続し発展させていくための「競争優位性の確保」が課題となっている。その解決策の1つとして「取引所仮想通貨」と呼ばれる暗号資産に注目が集まっている。本稿では、その「取引所仮想通貨」について解説する。

2.暗号資産「取引所仮想通貨」の登場

「暗号資産取引所」は、暗号資産を取引する場の1つである。暗号資産はインターネット上でやりとりできる通貨であり、ドルやユーロなどの法定通貨と交換できる価値を有する。一般的に知られている暗号資産であるビットコインやイーサリアムは、世界中の「暗号資産取引」やデジタル絵画やデジタル動画などのNFTなどの売買に利用できる決済手段として既に認められている。一方、暗号資産の一形態として創られた「取引所仮想通貨」は、ビットコインやイーサリアムとは異なり、特定の「暗号資産取引所」を利用する顧客に向けた暗号資産として取引所自らが発行したものであり、取引所内限定で利用できる決済手段である。有名な「取引所仮想通貨」として「Binance Coin」、「Crypto.com.Coin」、「FTX Token」などが挙げられる。筆者も利用している暗号資産取引所「BINANCE」では、ビットコイン、イーサリアムに次ぐ時価総額ランキング3位となる暗号資産「Binance Coin(以下「BNB」)」を発行している。

注目を集める「取引所仮想通貨」だが、その魅力は何だろうか。その1つとして、暗号資産取引をする顧客が付加価値として受けられる「特典」を挙げることができる。12月上旬時点で時価総額ランキング100位内の「取引所仮想通貨」を確認したところ、その数は7つとなっている(図表2)。

図表 2 時価総額ランキング 100 位以内の「取引所仮想通貨」
図表 2 時価総額ランキング 100 位以内の「取引所仮想通貨」

具体的な「取引所仮想通貨」の「特典」にはどのようなものがあるのだろうか。例えば、「BNB」の特典として、「取引手数料の節約」、「コインバーンによる価値向上」、「商品やサービスの購入」が挙げられる。「BNB」を保有していることにより暗号資産取引における「取引手数料の節約」として現物取引手数料の25%、先物取引手数料の10%が割引される。暗号資産取引所「BINANCE」はそもそもの手数料水準が他の暗号資産取引所と比べて安いことに加えて、「BNB」を保有しているだけで「取引手数料の節約」ができることは大きな魅力と言える。

また、「コインバーンによる価値向上」とは、「バーン(語源は燃やすという英語Burnからきている)」と呼ばれる暗号資産の運営者が保有する一部の暗号資産を永久に使えなくすることにより供給量を減らす仕組みをいう。運営者は「バーン」を通じて使えなくした暗号資産を「売る」ことができなくなるため、コイン1枚の価値減少圧力は低くなる。運営者が保有する「BNB」を四半期ごとに「バーン」することにより供給量を調整し、その価値の向上につとめている。2017年第四四半期に始まった定期的なバーン総数は、2021年第三四半期までに供給量全体168,137,036BNBの19%相当の31,862,964BNBに達する。バーンによる供給量調整は「BNB」の価値向上の1つの要因となり、2017年7月時点11.7円だった「BNB」は、2021年12月時点で6万円を超えている(図表3)。また、「商品やサービスの購入」では、「BNB」を使って他の暗号資産、航空券、ホテル予約、宿泊予約、動画・音楽配信サービスなどの購入に利用できる(注1)。「BNB」を保有することにより顧客が様々な「特典」を得られることは、暗号資産取引所「BINANCE」の魅力を高めることにつながっている。

図表 3 暗号資産「BNB」のチャート
図表 3 暗号資産「BNB」のチャート

別の事例として、時価総額ランキング14位に位置付けられる暗号資産「Crypto.com Coin(以下「CRO」)」の特典として「デイビットカードとの連携」、「スマートフォンアプリとの連携」、「ステーキングによる報酬獲得」が挙げられる。「デイビットカードとの連携」とは、「CRO」の保有量に応じて、デイビットカードを利用した金額の1%から8%分の「CRO」を報酬として貰える(注2)。また、「スマートフォンアプリとの連携」とは、スマートフォンに「Crypto.com Pay」というアプリをインストールすれば、食品、飲料、タクシー、ファッション、エンターテインメント、ホテル、飛行機など生活サービス全般に活用できる(注3)。また、ステーキングによる報酬獲得」は、「CRO」をある一定期間、暗号資産取引所「crypto.com」に預けることにより、報酬として「CRO」を貰える仕組みを意味しており、利子付きの預金口座に類する仕組みが提供される(注4)。ステーキングとは、対象の暗号資産を保有しているだけで利益を得られる仕組みを意味する。利息水準については、預ける期間、数量によって異なっており利回りは0.5%から14.5%が提示されている(注4)。

以上、見てきたように特定の「暗号資産取引所」に限定された「取引所仮想通貨」は、暗号資産取引所の数が増加し競争が激しさを増す中、各取引所の魅力を高める一因となっている。250兆円規模に達する暗号資産市場において、「取引所仮想通貨」は更に成長する可能性がある。

従来の暗号資産であるビットコインやイーサリアムは、暗号資産取引やデジタル絵画やデジタル動画などのNFTといった商品、サービスの購入において既に市場での流通が進み、一般経済への活用が進み始めている。それに比べ「取引所仮想通貨」は、未だその保有者が「特典」を得られることに優位性が留まっている。

当初、「取引所仮想通貨」は、取引所利用者が暗号資産取引における手数料を安くすることを目的として創られた。その後デイビットカードとの連携や買い物、旅行、航空券などの商品、サービスの購入にも利用できるなど、暗号資産の本来の目的であるインターネット上でやりとりできる通貨として、その活用の拡大を模索している。今後、利用できる「場」が拡大すれば、それは「取引所仮想通貨」の利用機会の増加につながり、経済や社会への影響力を増すのではないだろうか。

ただし現時点では、運営する「暗号資産取引所」の信用により成り立っているという問題も抱える。発行事業体が倒産した場合の対応はどうなるのか、そもそも安全に利用できるものなのか、といったリスクを十分に勘案した上での利用が必要となる。日本では未だ「取引所仮想通貨」は登場していないが、今後、「利用者保護の観点」を十分に踏まえた法整備や対応が必要となるだろう。

【注釈】
1)binanceHPより
https://www.binance.com/ja/bnb
2)crypto.comHPより
https://crypto.com/cards
3)crypto.comHPより
https://crypto.com/pay
4)crypto.comHPより
https://crypto.com/earn

柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: AI、テクノロジー、DX、イノベーション

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