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ノルウェー行政ポータル「NOREG.NO」の衝撃

~鍵となる「多様な電子IDの活用」と「ワンストップサービス」~

柏村 祐

目次

1.ノルウェーにおけるデジタル化の進展

筆者は以前、行政サービスのデジタル化が進んだ国として、デンマークの行政プラットフォーム「Borger.dk」をレポートとして取り上げた(注1)。今回は、デンマークの隣国であり、行政サービスのデジタル化が進むノルウェーにおいて展開される行政ポータルサイト「NOREG.NO」(日本語の直訳は「ノルウェー番号」)について解説する(図表1)。

図表
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2.「NOREG.NO」が提供する行政サービス

ノルウェーでは2014年2月7日に行政法が改正され、「新たな電子政府規則」が施行されて以降、行政と国民のコミュニケーションはデジタル通信を主要な手段としている。「新たな電子政府規則」の施行により、国民のデジタル連絡先情報は、ノルウェーのデジタル化局が管理する「Contact and ReservationRegister(日本語訳で「連絡先登録簿)」に登録されることとなっている。行政機関は、2014年6月から連絡先登録簿を使用することが許可され、2016年2月1日からはすべての行政機関と国営企業がこの連絡先登録簿を使用することが義務付けられた。一方国民も、連絡先登録簿を通じて、行政機関とデジタル通信を行うことができるようになっている。

「新たな電子政府規則」は、シンプルかつユーザーフレンドリーなサービスを提供することで、行政と国民とのコミュニケーションをより早く、より良くすることを目的としている(注2)。「NOREG.NO」の行政サービスはどのようになっているのだろうか。筆者は実際に「NOREG.NO」を操作してみた。行政と国民の連絡手段には、Digipostやe-Boksと呼ばれる「デジタルメールボックス」が利用される。「デジタルメールボックス」を利用するための本人認証には、5つの異なる電子ID(MinID、BankID、BuypassID、Commfides、BankIDonmobile)を利用できる。

電子IDは、インターネット上で自分の身元を証明する方法で、MinIDはデジタル化局が担当、BankIDとBankIDonmobileは銀行が担当、BuypassID、Commfidesは公的に求められた電子IDプロバイダーが担当しており、国民は自分の嗜好にあわせて電子IDを選択できる。

「NOREG.NO」によれば、460万人の国民が電子IDを使用してサービスにログインしており(注3)、これは国民の約85%に相当する。また、Digipostやe-Boksといった「デジタルメールボックス」を利用して、700以上の自治体と国営企業が国民にメールを送っている(注4)。

行政サービス検索メニューから自分自身が知りたい行政サービス情報を探す方法は、「Finn tjeneste(サービスを探す)」、「Mest brukte tenester(最もよく使われるサービス)」、「Tenester som høyrer til ein livssituasjon(生活状況に属するサービス)」の3つに大別される。

1つ目の「サービスを探す」は、自分自身が知りたいカテゴリーを選択することで必要な行政サービス情報を確認することができる。サービスのカテゴリーは、仕事、子供と家族、健康、自然、個人と社会、税金と手数料、学校と教育、交通など、生活に関連するテーマが扱われている。例えば運転免許証を更新したい場合、「交通、旅行、輸送」メニューから「運転免許証、証明書」、「運転免許証を更新する」サービスを順にクリックし、自分自身の電子IDでログインした上で、運転免許証の更新作業をオンライン上で完結できる。「サービスを探す」が提供するカテゴリーは、生活に欠かせない15テーマから構成され、テーマ毎に分類された内容は77種類におよぶ(図表2)。

図表
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2つ目の「最もよく使われるサービス」には、国民のアクセス履歴に基づき、よく見られているサービスが表示される。例えば、「消費者計算機」と呼ばれるサービスでは、家計消費に関する情報が充実している。家族構成、年収、車の保有状況などを入力すると、食品、衣料、衛生用品などの「個人固有の費用」(図表3赤)、家具や電子機器などの耐久消費財などの「世帯別費用」(図表3青)、世帯全体の「月間総予算」(図表3黄)が表示され、自分自身の家計管理に活用できる。

また、「私のレシピ」と呼ばれるサービスでは、電子処方箋機能が提供されている。電子処方箋は紙の処方箋と同じ機能を持っており、診療を受けると医師が電子処方箋を作成し、処方箋プロバイダーと呼ばれる中央データベースに送信する。患者は薬局で電子処方箋を持っていることを伝え、身分証明書を提示すれば、処方薬を受け取ることができる。ノルウェーでは以前からオンライン薬局で市販薬を購入することが可能だったが、2016年秋には、処方薬をオンラインで注文し家に届けてもらうことが可能となった。なお、電子処方箋を閲覧できるのは、本人とオンライン薬局のみに限定されており、物理的な薬局と同様の情報管理が行われている。

図表
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3つ目の「生活状況に属するサービス」には、生活状況に対応する行政サービスが表示される。生活状況は、「死と相続」、「離婚」、「移動」、「子供がいる」、「結婚」、「再就職」、「ノルウェーの新機能」、「勉強」の8つに分類される。例えば、「移動」メニューを見てみると、国民のニーズが高いサービス内容として、「ノルウェー国内での移転」、「北欧の国への移動」、「北欧以外の国への移動」、「ノルウェーへの移動」が表示される。ノルウェー国内で引っ越しをする場合、その31日前から8日前の間に「住民登録簿」に引っ越しを報告しなければばらないというルールがあるが、オンライン上で移住通知を送れば、ワンストップで引っ越し登録は完了する。

また、「子供がいる」メニューでは、妊娠、出産に関連する行政サービス情報がまとまった形で表示される。ノルウェーでは子供が生まれ病院が行政当局に出生通知を送信すると、生まれた子供に11桁の出生番号が割り当てられ、行政当局から親に通知される。通知を受け取った親が子供の名前をオンライン上で登録すると、子供は親と同じ住所に居住者として登録される。子供が生まれてから出生番号の付与、子供の名前登録、住所登録がすべてオンラインでできる(図表4)。また、子供をもつことにより国民が受けられる保護者給付、一時給付、出産給付といった特典も、オンラインで申請し受け取れる仕組みが完備されている。このように、子供が生まれたら必要となる行政手続きが簡単かつオンラインで完結するワンストップサービスが展開されている。

図表
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3.鍵となる「多様な電子IDの活用」と「ワンストップサービス」

ノルウェー行政ポータルサイト「NOREG.NO」が優れている点は何だろうか。それは、「多様な電子ID」と「ワンストップサービス」にあると筆者は考える。

「多様な電子ID」とは、国民自身が選択した5つの異なる電子IDからログインできることである。例えば、既に銀行の電子IDであるBankIDを持っている人は、あえてデジタル化局が発行するMinIDを取得しなくても、行政サービスをオンラインで受けることができる。既にある電子IDを行政ポータルのログインに使えるようにするという行政の考え方は、まさに国民目線の発想と言える。

次に「ワンストップサービス」とは、国民が知りたい情報を直感的に探し、手続きをワンストップで完了できる仕組みである。筆者は実際に「NOREG.NO」を確認してみたが、日本人である筆者でも簡単に知りたい情報にたどりつくことができ、行政手続きの窓口が一本化されていることの利便性を確認できた。

ノルウェー当局は行政サービスの利用者である国民を顧客と位置づけ、国民がいかに簡単かつ迅速に行政サービスを受けられるかを顧客価値と考え、「NOREG.NO」を提供しているようだ。日本においても、行政サービスの効率化が求められる中、利用者である国民が使いやすいように「多様な電子ID」の活用と「ワンストップサービス」で手続きを完了できるような仕組みの実装は、有力な選択肢の1つとなるのではないだろうか。

柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: AI、テクノロジー、DX、イノベーション

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