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内外経済ウォッチ『日本~価格転嫁のカベ~』(2023年12月号)

熊野 英生

目次

雇用者の7割は、中小企業に属している。正確に言えば、資本金1億円未満で、大企業・中堅企業を除いた範囲である。日本の賃上げは、その中小企業のところまで波及しなければ、全体として成功したとは言えない。

では、どうすれば裾野の広い賃上げが可能になるのであろうか。ひとつは中小企業の利益確保である。利益がなくては人件費を増やすことは叶わない。その利益確保のためには、中小企業が原材料コストの上昇分を取引先から転嫁してもらえるように要請し、価格転嫁が受諾されればよい。アンケート調査で調べると、中小企業庁が2023年4・5月に実施したものでは47.6%の価格転化率だった。帝国データバンクの2023年7月の調査では、価格転化率は43.6%であった。いずれもコスト増分の半分以下くらいしかコストアップできていない。つまり、残りのコスト増分は利益を圧迫していて、逆に中小企業は賃上げしにくくなっている。今後、価格転嫁は中小企業が取引先と交渉して、ゆっくりと時間をかけて進んでいくだろう。中小企業の賃上げは時間をもっと要するということだ。

成功事例に学ぶ

帝国データバンクの調査では、「価格転嫁の成功理由に関するアンケート」(2023年2月)の回答として、「原価を示した価格交渉」が首位(45.1%)となっていた。取引先に対して、原価のどの部分がどのくらい上昇したのかを説明して、値上げを認めてもらう。原価といっても、電気代や輸送費など、製品1個に按分しにくいコストもある。それを敢えて計算しなくてはいけない。そこまでやるのかと感じられるが、逆にそこまでやればいくらか値上げは通りやすくなる。

筆者が聞いた話は、下請けが輸送機械の部品メーカーに対して値上げ要請したところ、「うちも値上げできてないから、お宅も値上げは認められない」という回答だった。もしも、ゼロ回答であれば、公正取引委員会に相談する方法もある。地方自治体にも相談窓口がある。あまりにひどい場合は、下請けいじめとして、下請法に基づく勧告をしてもらうことができる。

実際は、取引先が値上げのペースを数か月間に分割したり、タイミングを次回取引からと遅らせたりして、グレーな対応が多いと聞く。行政指導をもっと積極的に使い、価格転嫁を阻害する取引慣行が改善されることが望まれる。

併せて自助努力も必要

販売価格の値上げができなくても、利益が得られるケースもある。海外市況の変化によって、原材料コストが下がる場合である。為替が円安から円高になったときは、既往の値上げによって利益が厚みを増す。最近、数か月前の原油価格の下落によって、いくらか原材料コストが下がっている。こうした市況軟化の局面が来れば、利鞘は改善する。地道に価格転嫁をして、そうした市況の変化を待つことも選択肢になる。

ほかにも、利益圧迫の危機感をバネにして、業務改善を逐次行うことも大切だ。製造業の場合、既存製品は値上げが行いにくく、利益率をより厚くすることは難しい。むしろ、新製品を手掛けて、そこで利益を確保していく。販売数量を増やせば、企業の固定費は相対的に軽くなる。これは絶えざる生産性の向上によって、企業全体の採算性を改善することにつながる。経済データを調べると、この生産性向上の効果はかなり大きい。集計された企業データや、1国の生産性分析では、投入量1単位当たりの生産物(付加価値)が増えることで、産業も国家も成長している。

デフレの最大の害悪は、価格転嫁を取引先が許さず、サプライチェーンの中間に居る企業の収益体質が悪化していくことだ。この慣行を変革することこそが、デフレ克服の核心となる。

熊野 英生


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