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ESGインサイト『企業に求められる生物多様性・自然資本に関する情報開示』

牧之内 芽衣

目次

TNFDが情報開示枠組みを公表

2023年9月18日、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)は生物多様性に関する情報開示枠組みを公表した。TNFDとは、2021年6月に設立された、生物多様性や自然資本に関する情報開示枠組を提供する民間のイニシアチブである。今回、企業など組織が考慮すべき要件として「マテリアリティの適用」「情報開示の範囲」「自然との地理的な接点」「その他サステナビリティ関連の開示項目との統合」「短期・中期・長期などの時間軸」「先住民や地域住民などのステークホルダーの関与」の6点を示している。気候変動にまつわるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の情報開示枠組みと整合する形の提言が出されたことにより、2030年までに生物多様性の損失を止め回復軌道に乗せる「ネイチャーポジティブ」に向けた動きが加速することが予想される。

日本企業の現状

2022年12月に国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で「昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)」が採択され、ネイチャーポジティブの達成は世界的な目標となった。一方で、一般社団法人日本経済団体連合会(経団連)と経団連自然保護協議会による2019年の調査によれば、自社の活動が生物多様性に及ぼす影響について、サプライチェーン(供給網)全体まで把握できている企業は24%に留まる。また、生物多様性への関心が高まる一方で、「目標・指標の設定、定量化・経済的評価が困難」、「配慮や活動が事業の利益に結びつきにくい」といった声も挙げられている。

ネイチャーポジティブに先んじて社会に浸透した気候変動問題について見ると、先述のTCFDに賛同する企業数は日本がトップである。2023年9月時点で1453社と、2位のイギリス(508社)や3位のアメリカ(483社)を大きく引き離している。概念が定着すれば日本でもネイチャーポジティブ関連の取組みが広がるポテンシャルがあるのではないか。

その上で課題となるのが中小企業への浸透だ。大多数が中小企業で構成される日本商工会議所は、各地の商工会議所に「商工会議所環境アクションプラン」の策定を促しているが、プランが公開されている22商工会議所のうち、生物多様性について触れられているのは2023年9月時点で名古屋商工会議所のみである。

企業価値向上に向けた情報開示

かつて、気候変動がもたらす悪影響は、正確な経済的価値に置き換えることが困難な「外部不経済」と見なされていた。ところが、温室効果ガス排出量などの情報の定量化、脱炭素に資する補助金や規制が進んだことにより、次第にビジネスリスクとして「内部化」されてきた。今後はネイチャーポジティブについても、ステークホルダーからの情報開示圧力がかかるなど、気候変動と似通った道のりを辿るであろうことは想像に難くない。自社の生態系へ与える影響や依存度の理解を進める必要がある。

IFRS(国際会計基準)傘下の国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)は、サステナビリティ関連情報の開示基準を策定している。今年6月にはS1、S2と呼ばれる全般的要求事項および気候関連事項の基準が決まった。今後さらに生物多様性などに関する基準づくりが進む見込みだ。多くの国が採用すれば、企業は世界基準で横並びの評価をされることになる。生物多様性や自然資本に関する情報開示をリスク対応と捉えるだけではなく、企業の価値向上やビジネスの機会として前向きに捉えることが必要になる。

(本稿は、2023年4月「ネイチャーポジティブとは何か(2)~企業に求められる生物多様性・環境保全~」を基に作成、内容を一部アップデートしたもの。https://www.dlri.co.jp/report/ld/241466.html

牧之内 芽衣


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