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内外経済ウォッチ『欧州~物価高騰が続くロンドンを訪れて~』(2023年11月号)

田中 理

目次

英国の体感物価は日本の2倍

9月末まで英国のロンドンに4ヶ月近く滞在していた。欧州ウォッチャーとして、統計数字の上では、物価が高騰していることを認識していたが、円安進行と相俟って、現地の体感物価は日本の約2倍といったところ。ランチのテイクアウトは10ポンド(約1800円)前後が相場だ。正直、庶民がどうやって生活をしているのかが不思議で仕方がない。近所のスーパーに行くと、小麦粉、塩、バターなど生活必需品のうち、最も標準的な商品には「価格据え置き(Price Locked)」の表示があり、他の商品と比べて圧倒的にお値打ちだ。物価高騰を受け、昨年来、大手スーパーが導入した。昼時にはお手頃な価格の飲食店には行列ができ、少しでも安い商品を求めて隣町のスーパーに買い出しに行くなど、生活防衛はどこの国にも共通する。

英国の消費者物価は昨年10月の前年比+11.4%をピークに、今年の8月には同+6.7%まで上昇率が鈍化した。もっとも、ピークアウトしたとは言え、価格上昇が止まった訳ではない。インターネットで飲食店のメニューの投稿写真を見比べると、この1年で大きく値上がりしたことが分かる。物の値段が上がるのが当たり前の英国では、企業が価格支配力を持ち、企業努力でコストを吸収するのではなく、比較的簡単に値上げをする。価格転嫁で利益を上げる企業もいて、「強欲インフレ(Greedflation)」という言葉(強欲を意味するgreedとinflationの造語)も生まれた。

ブレグジットやコロナも人手不足に拍車

英国は諸外国と比べて物価の高止まりが目立つ。エネルギー価格の高騰とその余波だけが原因ではない。ブレグジット後に欧州連合(EU)からの移民労働者の流入が細っていることや、医療資源逼迫で新型コロナウイルスの感染拡大時に延期された治療行為の再開による長期療養者の増加も、人手不足に拍車を掛けている。賃上げや処遇改善を求めるストライキも頻発している。こうしたことが重なり、人件費の高騰をもたらしている。昨年来、前年比で5~6%程度で推移してきた英国の賃金上昇率は、足許で8%超に加速している。また、ロンドンなど都市部では、人口増加による住宅不足が慢性化しており、光熱費や建設費の高騰と相まって、賃料の上昇につながっている。

物価の高止まりが続く一方、景気は低空飛行を続けている。代表的な企業景況感である購買担当者指数(PMI)は8月以降、好不況の分岐点を割り込んでいる。英国では3~5年満期の固定金利の住宅ローンが多い。利上げによる借り換え負担の増加は、向こう数年にわたって景気を抑制する。2021年12月以来、14回連続で利上げを続けてきたイングランド銀行(BOE)は、金融引き締めの効果が浸透してきたことを受け、9月に利上げを見送った。ただ、物価の高止まりや賃金上昇率の加速が続いており、インフレ抑制を目指して利上げを再開するのか、このまま利上げ局面を終了するのか、難しい判断を迫られている。

資料1 英国の消費者物価の推移
資料1 英国の消費者物価の推移

資料2 英国の長期療養に伴う労働市場からの退出者
資料2 英国の長期療養に伴う労働市場からの退出者

田中 理


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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