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欧州出張特集『欧州 ~スウェーデンの少子化対策から学ぶ~』(2023年10月号)

田中 理

目次

加速する日本の少子高齢化

日本では少子高齢化とそれに伴う人口減少が加速している。2022年の日本の出生数は77万人と、1899年の統計開始以来で初の80万人割れを記録し、合計特殊出生率も1.26と過去最低を更新した。今年に入ってからも減少基調に歯止めが掛からない。上半期の出生数は37万人と、去年の同時期を3.6%下回り、年間の着地は75万人を割り込む可能性が出てきた。筆者が生まれた1974年の出生数は200万人を超えていた。2016年に100万人を割り込んで以降、減少ペースが加速している。

資料1
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若年人口が急激に減少する2030年代までを、こうした状況を反転できるかどうかの重要な分岐点であるとして、日本政府は6月に「こども未来戦略方針」を閣議決定した。そこでは、3つの基本理念として、「若い世代の所得を増やす」、「社会全体の構造・意識を変える」、「全てのこども・子育て世帯を切れ目なく支援する」を掲げ、児童手当の所得制限撤廃、高等教育の無償化拡大、貸与型奨学金の返済負担緩和、出産育児一時金の引き上げ、出産費用の保険適用、短時間労働者への被用者保険の適用拡大、育休取得の助成措置拡充、妊娠・出産時から0~2歳の支援強化などを今後3年間で集中的に取り組む方針を示唆している。

人口が増える国スウェーデン

今回の対策発表に先駆けて、小倉少子化担当相はフィンランド、スウェーデン、フランス、英国の欧州4ヵ国を今年1月に訪問し、関係者へのヒアリングや関連施設を見学した。筆者はこのうちスウェーデンを6月に訪問し、現地の政策関係者、政治家、学識者などに少子化問題や女性の活躍支援などについてヒアリングをしてきた。スウェーデンは男女平等社会の実現や少子化対策に成功した代表国の1つとされ、日本の関連施策の中にも同国の取り組み事例を参考にしたと思われるものが少なくない。限られた字数でその詳細に立ち入ることは困難なため、ここでは幾つかのエッセンスを紹介したい。

スウェーデンの人口は約1000万人と日本の10分の1以下で、欧州連合(EU)の中規模国だ。高齢化が進む欧州諸国にあって、スウェーデンの人口は10年前と比べて約100万人、20年前と比べて約160万人増加している。スウェーデンは人口当たりの難民・移民の受け入れ数が世界有数の国で、過去10年の人口増加分の約4分の3は、移民の流入によるものだ。残りの4分の1程度は、出生数の回復によるもので、政府の様々な取り組みや社会環境の変化が一定の役割を果たしてきた。

資料2
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女性の活躍先進国スウェーデン

現在のスウェーデンは優れた技術やデザインが日本の消費者も魅了する先進国だが、数百年前は貧しい農業国で、人口の多くが国外に移住した。同国は最近まで200年余りも中立政策を採用し、戦禍を免れてきた。戦死者が少なかったため、多くの先進国よりも早く高齢化の問題に直面した。少子高齢化への対応と人手不足を補うため、同国では1970年代にかけて、女性の就労促進と家事・育児との両立を可能にする様々な制度改正が行われた。所得税を夫婦合算から個人単位の課税方式に切り替え、現在の育児休業の基礎となる制度が出来上がり、保育所の整備などが進められた。

スウェーデンでは専業主婦の割合が15~64歳人口の1%強にとどまり、就労年齢の女性のほとんどが働いている。日本の専業主婦の割合は、この20年余りで低下したが、今も20%前後に達する。年齢別の女性の労働参加率を日本とスウェーデンで比較すると、日本では従来、出産を機に労働市場から退出し、子育てが一服した後に労働市場に復帰する女性が多く、「M字カーブ」の形状を描いていた。女性が子育てをしながら仕事を続けやすい環境整備を早くから進めてきたスウェーデンでは、出産後も労働市場に残留する女性がほとんどで、「逆U字カーブ」となっている。

資料3
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日本でもこの10年余りで女性の就労環境に変化がみられ、20~30代の労働参加率の落ち込みがかつてに比べて小さくなっている。女性の就労形態は引き続き非正規雇用の割合が上回るが、最近では正規雇用が増えており、両者の差は縮まっている。

日本の政策に欠けているもの

スウェーデンでは子ども1人につき480日の育児休業が認められる。このうち90日間は父親と母親がそれぞれ取得し、残りはどちらが取得してもよい。育休の取得時期は従来、子どもが4歳になるまでだったが、4歳以降も学校行事への参加などを目的に最大で96日間の取得が認められる。

日本で理想の数の子どもを持たない理由を尋ねると、「子育てや教育にお金がかかりすぎる」との回答が最も多い。スウェーデンは税金が高いが、子育てに掛かる費用は驚くほど少ない。小学校から大学までの学費は公立・私立を問わず無料で、所得制限もない。教材も無償で貸し出され、学習塾はそもそもない。16歳まで給付金も支給される。

男女平等が進むスウェーデンでも、父親よりも母親の方が育休の取得日数が多い。日本も近年、育児休暇を取得する男性が増えてきたが、出産直後に数日取得するだけのケースも多い。夫の家事能力が低く、「お世話をする相手が増えるだけ」といった笑えない話も耳にする。スウェーデン男性は、夕食当番や保育園の送り迎えなど、家事や育児に積極的に参加する人が多い。日本と比べて労働時間が短く、家庭生活に充てる時間が多い。

長年の取り組みで日本の子育て支援策も、政策メニューとしては充実してきた。ただ、スウェーデンと比べると、運用面での隔たりは大きそうだ。制度普及が進んでいない中小企業の対応をどう促すかも大きな課題となる。そもそも結婚をしない若者が増えている点も見逃せない。晩婚化も出生数の減少につながっている。結婚や出産はあくまで個人の選択だが、経済的理由でそれを諦める人々に対しては政策支援の余地がある。

資料4
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田中 理


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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