デジタル国家ウクライナ デジタル国家ウクライナ

内外経済ウォッチ『欧州~反グリーンが動かす欧州政治~』(2023年9月号)

田中 理

目次

英補選の結果を左右した環境政策

来年に総選挙を控える英国では、気候変動対策が選挙戦の争点の1つとなりそうだ。政権奪取を目指す最大野党・労働党は、7月20日に行われたロンドン郊外の下院補欠選挙で、与党・保守党から議席を奪うことに失敗した。投票結果を左右したのは、労働党出身のロンドン市長が進める環境政策に対する有権者の反発だった。ロンドンでは2019年に、環境基準に適合しない車両の乗り入れを制限する「超低排出区域(ULEZ)」が設置され、今年の8月末からは対象地域がロンドンのほぼ全域に拡大される。

中心部と比べて公共交通機関が限られる郊外では、生活に車が必要な住民も少なくない。環境基準を満たす中古車価格の中央値は、過去数年で4割以上も値上がりしている。保守党の候補は、ULEZの拡大が地域住民に多大な負担を強いると主張し、選挙戦の劣勢を覆した。英国民の 多くは気候変動対策を支持しているが、物価高騰による生活困窮が続くなか、負担増につながるULEZに反旗を翻した。労働党のスターマー党首は、ULEZが敗因であったことを認め、今後の選挙戦にその教訓を活かすとしている。批判を受け、ロンドン市長は環境規制に適合した車への買い替え費用を補助することを約束した。保守党内からは、来年の総選挙での逆転勝利を目指し、スナク首相に気候変動対策の再考を求める声も浮上している。

ドイツやオランダでも揺り戻しが広がる

同様の動きは英国以外の欧州諸国にも広がっている。環境大国のドイツでは、反移民・反イスラムを掲げる右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が支持を広げ、世論調査で二番手につけている。AfDの支持拡大は、ドイツで極右思想の持ち主が増えている訳ではない。環境政党「緑の党」が加わる連立政権は、新規の住宅建設時に化石燃料を使用する暖房設備の設置を来年から禁止する。高額な設備負担に不満を持つ有権者がAfD支持に傾いている。来年秋には旧東ドイツの3州で議会選挙が行われ、AfDの更なる躍進が予想される。

移民制限を巡る対立で7月に連立政権が崩壊したオランダでは、新興右派政党「農民市民運動(

BBB)」が急速に支持を伸ばしている。今年3月の地方選挙で最多票を獲得し、上院(第一院)で最大勢力となった。最近の世論調査でも上位につけ、11月の総選挙で台風の目となる可能性がある。BBBは農家の抗議運動を源流とした政党で、窒素排出量の削減のため、家畜や農家の数を減らそうとする政府の計画に反対している。

今年から来年にかけての欧州は政治日程が目白押しだ。欧州各国で急進的な気候変動対策への揺り戻しが起きており、選挙をきっかけに各国の気候変動対策が軌道修正されるかに注目が集まる。

資料1 ドイツの主な政党別支持率の世論調査(%)
資料1 ドイツの主な政党別支持率の世論調査(%)

資料2 オランダの主な政党別支持率の世論調査(%)
資料2 オランダの主な政党別支持率の世論調査(%)

田中 理


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ