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ESGインサイト『OECD多国籍企業行動指針の改訂と日本企業への示唆』

田村 洸樹

目次

OECD多国籍企業行動指針とは

OECD多国籍企業行動指針(以下、OECDガイドライン)は、企業が経済発展と社会繁栄に果たす役割と責任の重要性に鑑み、1976年に策定された責任ある企業行動(以下、RBC:Responsible Business Conduct)の国際スタンダードである。

情報開示、人権、雇用・労使関係、環境、贈賄、消費者利益、科学・技術、競争、納税等の分野をカバーしており、企業を取り巻く社会経済の環境変化に合わせてこれまで5回(1979年、1984年、1991年、2000年、2011年)の改訂が行われている。

企業のデュー・ディリジェンス責任強化へ

OECDガイドラインには、2011年改訂で初めてデュー・ディリジェンス(以下、DD)の概念が導入され、人権・環境を含む主要な6分野における企業のDD責任が規定された。

OECDガイドラインで使われているDDは、企業が責任ある行動をとる上で当然実施すべき努力・注意義務を指しており、企業買収時に行われる「調査作業」とは意味が異なる。また、国連「ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)」に規定された「人権DD」よりも幅広い分野をカバーしている点には注意が必要である。

2023年6月にOECDが承認した直近の改訂版では、科学技術分野へのDD範囲の拡大と、環境分野においてDDすべき具体例が新たに追加された。

図表1
図表1

日本企業のDDへの備えは不十分な可能性も

DDはあくまでもRBC達成のための手段に過ぎない。企業はこのようなDD責任強化の国際的な潮流を、単なる「規制対応」と捉えるのではなく「企業にRBC改革を求める社会からの要請」と捉え、真摯に向き合うことが重要である。

日本政府はこれまで人権・環境・AI分野で、法的拘束力のないソフトローによるアプローチをとってきた。ハードローのプレッシャーに接してきた欧米企業と比べ、日本企業は世界が求める水準のDDに備えられていない可能性がある。

「RBCの根付いた企業文化」の醸成に注力を

DDの義務化が始まっている欧州では、ステークホルダーとのエンゲージメントの重要性が広く認識されている。日本企業はエンゲージメントのステップを飛び越えて、目の前のDD義務化に取り掛かるべきではない。自社に期待されているRBCを正確に理解するための「ステークホルダー・エンゲージメント」にまずは時間と労力を割くことを優先させるべきである。

日本企業が目指すべきは「能動的」にRBCを体現すること、つまり「RBCの根付いた企業文化」を醸成することである。DDを義務化せずとも「自然体でRBCを果たすことができる企業文化」が、これからの日本企業の国際競争力となることに期待したい。


(本稿は、2023年5月「企業行動デュー・ディリジェンス拡大への対応~責任ある企業行動のための国際ガイドライン改訂案から読み解く~」を基に作成、内容を一部アップデートしたもの。https://www.dlri.co.jp/report/ld/250025.html)

田村 洸樹


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