内外経済ウォッチ『日本~賃金上昇で問われるシルバー民主主義~』(2023年5月号)

星野 卓也

目次

例年にない賃上げ気運

賃上げ気運が例年になく高まっている。連合の集計(23/4/3時点)によれば、2023年度の春闘賃上げ率は3.70%と1993年度以来の水準となった(資料1)。異例の物価上昇の中で従業員還元姿勢を強める企業が増えたほか、人手不足も人材の獲得・流出防止の観点での賃上げを後押しした。早い段階で賃上げを表明する企業が増え、これに呼応する形で賃上げに踏み切る企業が拡散していったことも今次局面の特徴だ。

賃金上昇は日本経済が長年目指してきた「経済の好循環」の肝だ。賃金上昇が物価上昇をもたらし、物価上昇による売上増が労働者の賃金上昇の原資となる。今回のような賃上げが続くならば、いよいよその実現が視野に入ってくる。

図表1
図表1

好循環の外側にいる退職高齢者

待ち望んでいた経済の好循環だが、ここでは本当に実現したときに何が問題になるか?を考えたい。具体的には、好循環の外側にいる退職高齢者についてだ。物価と賃金がともに上昇する経済環境が実現した場合、賃金上昇によって働く人たちには恩恵があるが、実は高齢者にとっては困る側面がある。年金の実質目減りが進みやすくなるからだ。公的年金にはインフレ連動の仕組みが備わっている一方、物価上昇時には給付削減(マクロ経済スライド)が発動するため、物価上昇に割り負けする仕組みになっている。働く勤労者にとって賃金上昇は家計所得の増加そのものであるが、引退して年金生活をする高齢者には賃金上昇の恩恵が及びづらい。実際にアベノミクス期には消費増税や人手不足の影響で物価が幾分上がっていたが、年金水準はそれに殆どついてこれていない(資料2)。高齢者がインフレによりシビアに反応するのは、こうした仕組みも影響している。

本当に好循環が実現すると、物価上昇と年金目減りが直撃する退職高齢者世帯の生活は苦しくなる可能性がある。しかし、だからといって過度な引き締め政策などで賃金上昇を止めるような措置をとることは、シルバー民主主義政策そのものでしかない。重要なことは賃金上昇の恩恵をより広く行き渡るようにすることであり、高齢者の就労促進などを引き続き進めていくことだろう。賃金上昇自体も高齢者を含めた労働参加を後押しする方向に作用する。経済の好循環を世代間対立の種にするのではなく、より包摂的なものにする視点が必要になってくるのではないか。

図表2
図表2

星野 卓也


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