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ここが知りたい『なぜいま「グローバル・サウス」が注目されるのか』

石附 賢実

目次

「グローバル・サウス」に中国は含まれない?

グローバル・サウスには明確な定義や国家のリストがあるわけではないが、一般的には「発展途上国」のことを指す。南北問題の南(サウス)、即ち発展途上国の多くが南半球に位置することに由来する。①世界銀行における「低中所得国」や国連の発展途上国の交渉グループ「G77+中国」(現在は130か国以上)、あるいは②冷戦期の「第三世界」(東西陣営のどちらにも属さない国々)の代替的表現、などの解説が見られる。

昨今、米中の覇権争いやロシアによるウクライナ侵略などを受け、西側先進国や中露のどちらにも属さない②の「第三世界」のニュアンスで使用される傾向が強まっている。例えば、岸田首相は2023年1月23日の施政方針演説で「G7が結束し、いわゆるグローバル・サウスに対する関与を強化していきます」と表明し、その後の国会答弁で「中国を含めて考えていない」との見解を示している。インドは2023年1月12・13日に“Voice of Global South Summit”を主催し、グローバル・サウスの盟主を目指す姿勢を明確にしたが、その際に中国を招待したかは不明とされるもファクトとして同国は参加していない。

グローバル・サウスを「追いやってはならない」

2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻を受け、欧米を中心とした民主主義的な国家は結束してウクライナを支援しつつ、ロシアに経済制裁を課している。ロシアの行為は暴力による現状変更の試みであり到底許されない。しかもロシアは国連安保理常任理事国かつ核保有国である。長年にわたって積み上げられてきた「ルールに基づく国際秩序」に対する重大な挑戦と言え、中露の相対的な距離感の近さもあり、是非は別として民主主義vs権威主義という体制や価値観を巡る対立の様相に発展してきている。

民主主義陣営の圧倒的パワーである米国は、2022年10月に公表した国家安全保障戦略のなかで「中国に対抗し、ロシアを抑制する」ことを最重要課題の一つに掲げている。また、民主主義の強化を謳いつつも、「民主的制度を受け入れていないが、ルールに基づく国際システムに依存し支持する国々」との連携を示唆している。そもそも民主的制度を受け入れていない時点でその国内では権力に対する法の優越が成立しない可能性が高い。そのような国に対して、国際社会ではルールの下で行動することを期待してよいのか。なぜ、米国はこのようなダブル・スタンダードともいえる立ち位置を取っているのか。

この米国の姿勢の背景には世界のパワーバランスの変化がある。ここでは経済力の変遷をみてみる(資料1)。趨勢を見ることを主眼に単純化し、先進国を主とした民主主義陣営として①EUとOECD(日米含む西側先進国が含まれる。全期間を通じて2023年2月末時点の加盟国で集計)、②中国(含む香港・マカオ)とロシア、③その他に分類した。単純化の都合上台湾やベラルーシなども③に含まれているが、昨今のグローバル・サウスは③のイメージとなる。

2000年時点では民主主義陣営である①西側先進国の「一極」ともいえる状況であったが、2021年時点では「①西側先進国」:「②中露」:「③その他」が6:2:2のイメージになってきている。このパワーバランスの変化のなかでウクライナ戦争が勃発し、国連の数次に亘るロシア非難決議には多くの国が賛成している一方で、同人権委員会におけるロシアの資格停止決議においては100か国が反対・棄権・欠席するなど、グローバル・サウスとされる国々の多くは旗色を鮮明にしない戦略を取っている(資料2)。アフリカは54か国中44か国が、ASEANは10か国中8か国が反対・棄権・欠席のいずれかとなった。

図表1
図表1

昨今のパワーバランスの変化と揺れ動く国際秩序のなかで、むしろ価値観や政治体制で権威主義的な中露に近い国も少なくないグローバル・サウスを「中露側に追いやってはならない」、これが民主主義陣営からみたグローバル・サウスの重要性であろう。そして、米国や日本を含む西側先進国としても現実的な対応として、国際的なルールを守る国に対しては国内の体制に関わらず立場を尊重する姿勢を示していると言えよう。

単純な3極ではない-インドは重要なパートナー

民主主義vs権威主義、そしてグローバル・サウスとする3極の分類はパワーバランスの趨勢を概観するには適しているが、実際には綺麗に3極に分かれておらずグラデーションがある。民主主義陣営とされるEUやOECD加盟国でも、トルコやハンガリーは強権的な政権運営が目立つとされ、イスラエルでは議会過半数の議決で最高裁判決を覆せるとする法案が議会に提出されている。中露はウクライナ戦争前には「中露友好に限界はなく、協力に聖域はない」と宣言していたものの、中国はドンバス等のロシアの主権を一貫して認めておらず微妙な距離感は否めない。

図表2
図表2

グローバル・サウスとされる国々はアジア、アフリカ、中南米、中東等に分散し、価値観や政治体制も多様だが、先進国・中露のいずれとも「うまくやっていきたい」点で一致する国は多い。なかでもインドは経済規模・人口ともに最大で、グローバル・サウスの盟主を自認し、国連のロシア非難決議等でも中立を貫くなど存在感を示している。世界最大の民主主義国家、クアッドのメンバーでありつつもBRICSや上海協力機構にも加盟、G20の2023年議長国と、国際社会の結節点としての重要性も増している。

大切な価値観、でも「普遍的」を押し出しすぎずに

自由、民主主義、法に基づく支配、人権といった「普遍的価値観」は、英語では“universal values”=“uni”(単一)“verse”(方向づける)、つまり他の価値観は認められない、世界中のあらゆる国家や主体が当然に尊重すべき価値観とのニュアンスを包含している。自由や民主主義が十分に浸透していない国家も多数あるなかで、「普遍的」との表現を過度に前面に押し出すことについては慎重に対応すべきと考える。

日本を含む欧米の多くは、かつて帝国主義的な植民地政策を取ってきた、あるいは原住民から土地を収奪してきた歴史を持つ。こうした暴力に基づく歴史に謙虚に向き合い、価値観をグローバル・サウスとされる国々に押し付けるのではなく、何よりも大切なもの、普遍的と確信するに至った過程に思いをはせながら、対話を継続していく必要がある。そして我々自身が民主主義国家の繁栄と協調を世界に示していくことで、グローバル・サウスを惹きつけ続けていかねばならない。

石附 賢実


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