ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

ライフデザインの視点『シェアハウスで子どもを育てる』

福澤 涼子

目次

玄関の内側で孤立する親子

地域のつながりの希薄化や核家族化が進むなかで、孤立した育児が問題になっている。内閣府の「子供・若者白書」によると、約6割の母親が近所に子どもを預かってくれる人はいないとしている。さらに、日本の男性は諸外国と比較しても労働時間が長く、そのぶん妻が「ワンオペ育児」となりがちで、同時並行で食事づくりなど家事にも従事しなければならない。

そのような孤立した育児環境で乳幼児を育てていると、日頃ひとりで外出することはおろか、集中して家事をすること、ときにはトイレに行くこともままならないこともある。実際、昨年11月、母親がごみ出しのために外に出たわずかな間に、就寝中だった子どもが起きてベランダから転落するという痛ましい事故も起きた。見守る大人が一人しかいなければ、片時も離れることができない。

さらに外部から遮断された生活では、親の孤独感が増し、育児不安にも発展しやすい。言うことを聞かない子どもに対して、イライラして声をあげてしまっても、母子二人きりであれば止める人もいない。エスカレートすれば、虐待につながってしまうこともある。

住まいの選択肢の一つ、「シェアハウス」

こうした日本の育児課題に対して、近年、他者との共同生活(シェアハウス)で子育てをするケースが注目を集めている。「シェアハウス」とは、各自の個室やベッドはありつつも、リビングや水回り(台所、風呂、トイレなど)を非親族の複数人が共同で利用する住居形態のことである。運営形態として、知人同士が自主的に集まって広めの物件を借りて家賃をシェアする形態(自主運営型)と、入居者一人ひとりが運営事業者と個室あるいはベッド単位で契約を結ぶもの(事業者介在型)がある。

特に、近年増加傾向にあるのは、後者の事業者介在型シェアハウスである。新型コロナウイルス感染症の影響もあり、一昨年初めて微減したものの、2010年代以降でみると右肩上がりに増加している(資料)。

図表1
図表1

若者単身者の住まいの選択肢の一つとして認識されつつあるシェアハウスだが、家族の多様化が進む近年、その生活に魅力を感じた一部の若者たちが、結婚や出産を経てもシェアハウスで暮らし続けるケースが見られるようになってきた。

シェアハウスでの育児で軽減される育児課題

では、孤立した状態で育児をする場合と、シェアハウスで育児をする場合では、どのような違いがあるのだろうか。

まず物理的な面では、生活空間に信頼できる大人の数が増えることで、短時間でも子どもを見てもらうことができ、その分、自分の時間が確保できるようになる。たとえば「ワンオペ育児」では、「料理を作っているそばで、子どもが飲んでいたジュースをこぼし、片付けている間に調理中の食事が焦げてしまった…」ということが起こりがちだが、他の住人が少しの間でも子どもを見てくれると、その時間を使って、集中して家事を済ますことができる。それは、日々の疲労やストレスの軽減につながる。

また緊急時には、第三者の存在がセーフティネットとなる場合もある。たとえば、母親が緊急入院し父親が病院に付き添う必要があった際に、シェアハウスの住人に子どもの保育園の迎え、食事、寝かしつけまで依頼したという事例がある。また、新型コロナウイルス感染拡大によって保育園が休園となり、在宅で保育をしながら仕事をすることになった際に、手が空いていた住人が子どもを公園に連れ出してくれ、業務に集中できたなどのケースも見られた。こうしたセーフティネットがあることは、日々の安心感にもつながる。

精神的な面では、孤独感の緩和という点が挙げられる。冒頭で述べたように、子どもの誕生後の親は孤独感を感じやすい状況にある。しかし、シェアハウスでは、普段から家族以外の住人と会話できるため、孤独感や閉塞感を感じにくい。また、子どもが癇癪を起こし自分もイライラしてしまった際に、第三者がそこにいるだけで、落ち着いて子どもを見守ることができるとする利用者も多く、虐待の防止にも寄与していると考えることができる。

親ではない住人にもメリットが

一方で、親ではない住人にもこの暮らし方のメリットはある。少子化が進む現代において、赤ちゃんや小さい子どもとふれあう機会をあまりもたないまま親になる若者が増えているが、シェアハウスで乳幼児と暮らすことによって、子育ての疑似体験ができる。それにより、オムツ替えなどの育児行為や泣き止まない時の対処の仕方を実践的に学んだり、育児に対するイメージ(理想)と現実のギャップを少なくすることにもつながる。加えて、子育てと仕事の両立という視点でも、その生活を間近に見聞きすることで、将来的に子どもを持つ・持たない、仕事を続ける・続けないといった自身のライフデザインやキャリアプランの設計にも役立っている。

子育てに寛容な社会を形成するための糸口

シェアハウスには親でない住人にもメリットがあるとはいえ、乳幼児との同居には大変なことも多い。たとえば、夜泣きで眠れない、ゆっくり寝ていたい休日の朝に子どもの声で目が覚めてしまう、オムツが脱衣所に落ちている、自分のパソコンに飲み物をこぼされてしまうなどのことも起こりうる。

それでも、親でない住人がその共同生活を続けるのは、子育てを体験したり身近で見聞きすることで、他者の子育てを寛容に捉えることができるようになるからではないだろうか。ある住人は、乳幼児のいるシェアハウスに住み始めてから「電車で知らない子どもが泣いていると、“うるさいな”ではなく“大丈夫かな”という気持ちをもつようになった」と自身の心の変化を話していた。このように、他者の子育てへの理解は、社会全体で子育てを支えていくという気持ちを育む可能性を秘めている。子育てを家族だけの責任にしない社会の実現に向けて、こうしたシェアハウスでの事例は、ひとつの糸口になるといえるだろう。

参考文献

  • 内閣府「令和4年版 子供・若者白書」2022年
  • 内閣府男女共同参画局「男女共同参画白書 令和 2 年版」2020 年
  • 国土交通省「シェアハウスに関する市場動向調査結果について」2015 年 8 月調査実施
  • 国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)」2022年

福澤 涼子


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

福澤 涼子

ふくざわ りょうこ

ライフデザイン研究部 副主任研究員
専⾨分野: 住まい(特にシェアハウス)、子育てネットワーク、居場所、ワーキングマザーの雇用

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