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ここが知りたい『農業DX~農業はWell-beingなビジネスとなり得るか~』

髙宮 咲妃

目次

2021年3月に農林水産省は「農業DX構想」を発表した。それを受け、日本においてもスマート農業などアグリテック(※1)といわれる農業分野におけるIT活用が本格化している。アグリテック市場には大手農業機械メーカー等だけでなく、ITベンチャーなど非農業関連企業を含む多様なプレイヤーが参画しており、今後も市場は拡大する見込みである。

農業DXで目指すWell-being

「農業DX構想」とは、農業・食関連産業の関係者が、同産業のデジタル変革(DX)を進める際の羅針盤として活用できるように農林水産省がまとめたものである。

2020年12月に閣議決定された「デジタル改革の実現に向けた改革の基本方針」において、デジタル改革が目指すビジョンとして「デジタル活用により、一人ひとりのニーズに合ったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会」が掲げられている。「農業DX構想」内でもこのビジョンは共有されており、デジタルの活用により“多様な幸せが実現できる社会”=“Well-beingの実現”を目指している。

日本において農業DX推進は急務

特に日本においては、農業従事者の高齢化が著しく進んでおり、2020年の基幹的農業従事者の平均年齢は67.8歳と、25年前(1995年)と比較して8歳以上上昇している(資料1)。基幹的農業従事者数も、この25年で256万人から136万人へと100万人以上減少しており、それに伴い耕作放棄地も増加し、生産基盤の弱体化が進んでいる。今後も就業者不足問題がさらに進む可能性が高いため、「農業DX構想」では、「デジタル技術を用いた効率的な生産(労働生産性の向上)」と、その技術導入でかさんだコストを回収するため、「消費者に評価されるような価値を創造・提供し、資本効率を上げていく(資本生産性の向上)」ことの両立を目指している。

図表1
図表1

農業DXの実現は道半ば

農林水産省が2020年10月に策定した「スマート農業推進総合パッケージ」において「2025年までに農業の担い手のほぼすべてがデータを活用した農業を実践」する政策目標を掲げているものの、足元2022年は「データを活用した農業を行っていない」と答えた農業経営体は76.7%と、農業DXが本格的に謳われた2020年時点と比較して約6%しか減っていない(資料2)。労働集約的な作業体系が定着していた農業においては、デジタル機器に馴染みのない農業従事者も多く、生産現場レベルではデジタル活用に対する関心が十分に高まっていない。また、ベテラン農業従事者が有する知見・経験を形式知化したデータを次世代に継承することも重要であるが、有用なデータの掘り起こしが進んでいない等の理由で本格的な活用はまだできていない。

図表2
図表2

一方で、デジタル基盤を整備し、生産者間でデータを共有することで産地全体での収量が向上した事例やスマート農業機械の導入により労働時間が削減でき、生産性が向上した事例もあり、農業DX推進の効果は少しずつではあるが生産現場にも実感されつつある。

農業DXで農業にWell-being実現の兆し

農業DXは労働時間の削減や収入増に繋がり、お金や時間の使い方といった面で既存の農業従事者のWell-being向上に繋がるとみられる。これにとどまらず、Well-being視点で若い世代や都市住民にもさらなる広がりが期待できる。

近年、若い世代を中心に都市部から農村への移住に対する関心が高まっている。地方移住やUIJターン(※2)を希望する人のための移住相談を行っているNPO法人ふるさと回帰支援センターへの相談件数をみると、2021年の相談件数は過去最高の4万9,514件で、2021年のセンター利用者の約半数が30代以下となっている(資料3)。

図表3
図表3

また、内閣府が2020年5,6月に実施した「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」では東京23区に住む20代のうち3分の1以上が「地方移住に対する関心が高まっている」としており、新型コロナウイルス感染拡大も関心の高まりを後押ししていると考えられる。

国も企業から農山漁村地域に人材を派遣する制度を充実させている。企業の人材が地方公共団体職員等として寄付活用事業に従事する「企業版ふるさと納税(人材派遣型)」や三大都市圏の民間企業等の社員を地方公共団体が受け入れる「地域活性化起業人」等を税制優遇することで、企業と農山漁村地域のマッチングが進んでいる。

農林水産省は、2000年から就農希望者と産地とのマッチングを促すため就農希望者向け相談会の開催を支援している。「令和2年度食料・農業・農村白書」によると2020年度の同相談会への来場者数は9月以降前年比で増加しており、農業への関心の高まりも窺える。

都市住民が農業に関わるハードルは近年低くなっており、例えば「農業とカフェ」や「農業と酒造り」など、農業を営みながら自分のやりたい仕事にも携わるライフスタイルである「半農半X」の拡大に向けた取組みを支援している自治体もある。また、農業に興味のある都市住民と農村地域の農業や観光・宿泊業が連携し、ワーケーションと農業を組み合わせた取組みも行われている。例えば、朝5時~7時に農作業を行い、9時~17時にテレワーク、休日は農作業や観光をし、農作業での収入をもらいつつ、心と身体をリフレッシュできる仕組みだ。こうした半農半Xやワーケーションの活用等によってデジタルリテラシーが高い企業人、若い人が農業に参画することで、農業DXが進む契機になると考えられる。

現在、多くの企業が副業やワーケーション、リモートワーク等の制度を取り入れている。都市部に居住しながらも多様な農業への関わり方が可能となっており、農業DXが進むことでさらに加速すると考えられる。さらに生産性が向上することで余裕が生まれた既存の農業従事者の間でも「半農半X」等が拡がることで、Well-being向上の好循環に期待したい。

※1 アグリテック(Agri Tech)とは、農業を表す「Agriculture」と、技術を表す「Technology」を組み合わせた造語。
※2 Uターンとは、生まれ育った地域から都会に出た人が地元に戻ること。Iターンとは、都会で生まれ育った人が地方へ移住すること。Jターンとは、生まれ育った地域から都会に出た人が、地元の近く(近県や同じ県内の都市部等)に移住すること。

髙宮 咲妃


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