時評『「経営品質経営」のさらなる進化に向けて』

―経営視点でのデジタル活用と社員エンゲージメントの強化による持続的な顧客価値の創造―

北井 優康

「良い組織風土とは」、「顧客が求める価値とは」、「あるべき社会貢献とは」。経営品質協議会が運営する日本経営品質賞など「経営品質経営」の推進支援に携わって約10年、その間私は、組織の経営トップから現場の第一線に至るまで、様々な立場・役割を持つ約数百人の方々と意見交換を重ねてきた。

「経営品質経営」とは、一言でいうと、「持続的な顧客価値の創造に向けた経営革新」であり、「顧客本位」、「独自能力」、「社員重視」、「社会との調和」という4つの基本理念に沿って経営革新を進めることである。これは、わが国で古くからある「三方良し」(売り手良し、買い手良し、世間良し)にも通じる、社会常識に近い考え方であり、経営品質協議会が設立された1999年から続く、いわば「あたりまえ」の考え方である。

しかし、この「あたりまえ」の考え方を各組織の中で実践することは現実的には非常に難しい。よく「経営品質経営」と「短期的業績」とは「水と油」の関係といわれるが、成果が表れるまでに何年もの時間と多大な労力を必要とする。その結果、取り組みを始めた組織が、厳しい経営環境の中で「経営品質経営」をあきらめるケースも少なくない。

では、どのような組織が「経営品質経営」を継続し、成果に結び付けているのだろうか。私が出会った組織のうち、日本経営品質賞や地方経営品質賞を受賞した組織には、各組織のパーパス、ビジョン、ミッションにかかわらず、共通する要素が存在していた。

第一に、「大きな夢(ストレッチした戦略的課題)」がイキイキと描かれており、周囲に「腹落ち」するように、わかりやすく伝えることができていた。「大きな夢」は顧客や社会に貢献したいという志に根差していた。

第二に、時間と手間のかかる「人づくり」や「組織風土づくり」に、経営としての強い意思を持って継続的に取り組んでいた。その取り組みの状況は、社員、顧客、外部の支援者との対話などを通じて「鏡に自分を映す」ように自己点検に努めていた。

第三に、これらの組織の「経営品質経営」への向き合い方は「不易流行」を体現していた。「経営品質経営」の4つの基本理念には徹底的にこだわる(「不易」)一方で、経営に関する具体的な方法論や手法などについては、外部環境の変化に合わせて柔軟に変化し続けること(「流行」)で成果に結び付けていた。

さらに、直近の数年間で受賞した組織の取り組みを概観すると、「流行」として新たな挑戦を進めている分野についても共通していた。

第一は、「経営の目的に合致し、かつ、独自性のあるデジタルの活用」である。デジタル化が比較的進んでいる受賞組織においても「手段の目的化」が課題となっていた。そこで、自組織のパーパス、ビジョン、ミッションと整合性を取りつつ、「独自能力」に磨きをかける形でデジタル化に挑戦しているところである。

第二は、「社員エンゲージメントの強化に向けた取り組み」である。受賞企業においては、これまでも「社員重視」の観点から、社員満足度の向上に努めてきた。現在は、「知の創造(イノベーション)につながる社員同士の深い対話(ダイアログ)」および「相互支援につながる社員同士のコミュニケーション」の双方に取り組みつつ、社員エンゲージメントの強化に向けて挑戦しているところである。

これら二つの分野の挑戦は、「経営品質経営」のさらなる進化に向けたヒントとなるものと思われる。

こうした中で、私どもの研究所でも、昨年度は社員の「心の資本」「心理的安全性(ハピネス関係度)」を計測する実証実験1を実施し、今年度は「ピアボーナス制度(感謝の気持ちにポイントを添えて社員同士で送りあう仕組み)」を導入するなど、最近の受賞企業と同じ分野の実験と実践に挑戦している。今後も「経営品質経営」の「進化」に向けて「流行」の部分を中心にブラッシュアップを継続するとともに、その知見を世の中に広めていくことで、社会にも貢献していきたい。


1 詳細は、経済研レポート 2021.4 時評「Covid-19をCX・DXのチャンスとする心の資本とハピネス関係度」 丸野孝一 を参照

北井 優康


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