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- 「マチ」と「自動運転」の親和性を考える
本コンテンツは、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が管理法人を務め、内閣府が実施した「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期/自動運転(システムとサービスの拡張)」(NEDO管理番号:JPNP18012)の成果によりまとめられた記事を転載したものです。
新幹線こだまで東京から約1時間半の掛川駅前。子どもたちが夏休み真っ盛りの8月1日から7日、自動運転の実証実験が行われた。
静岡県では、2019年より「しずおか自動運転ShowCASEプロジェクト」として、自動運転等の技術を活用した移動サービス導入による、地域交通の課題解決の検証を行っている(今年10月に松崎町、11月に沼津市、12月には再度掛川市でも実施を予定)。今回掛川を走った「かけがわ茶チャレンジ号」の実証実験もその一環である。掛川駅前から掛川城までの1キロ弱を時速19キロ以下で走らせるもので、車両はタジマの8人乗り車両。市役所に遠隔コントロールセンターを設置し、車両に搭載されたカメラ映像でリアルタイムに運行監視を行いつつ、地域の人や関係者を乗せて30分ごとに駅から掛川城まで走行した。
筆者はこれまで様々なタイプの自動運転車に乗せていただいており、今回乗るタジマの車両も初めてではなかったので、正直「どんな風に走るのか」を見に行ったわけではない。長年、社会的受容性の観点から自動運転を追いかけてきた立場としては、「そこの地域に自動運転がどう受け止められているのか」「地域でどう育てようとしているのか」という点に多大な関心がある。だからこそ、その地に赴いてその背景や思いをうかがった上で乗せていただくことに意義があると思っている。
掛川とはどんなマチなのか
お茶の名産地であり、工業団地を誘致して製造業も盛んな掛川は、スローライフを目指す地域づくりに熱心な、歴史あるマチである。「報徳」と「生涯学習」をスローガンとしており、市民の意識が高いのが特徴だ。
「報徳思想」とは、二宮尊徳が説き広めた、経済と道徳の融和を訴えるもので、利己に走らず社会に貢献することでいつか自分に還元されるとの思想である。これは、今でいうSDGsに直結する思想であり、人と社会のウェルビーイング(幸せ)につながるものといえる。ヒアリング会場として案内された立派な建造物の前の二宮尊徳氏を、「あ、小学校によくいる尊徳さん」とぼんやり見ていたのだが、そこがまさか総本山(大日本報徳社)であるとは、恥ずかしながら教えていただくまで知らなかった。
また、掛川市は、1979年に全国に先駆けて「生涯学習都市宣言」を行っており、さらに2007年には掛川市議会にて掛川市生涯学習都市宣言を決議するなど、「学び続ける」ことに関して大変古い歴史を持っている地域でもある。
すなわち、掛川には「地域に貢献」しつつ「学び続ける」土壌があるということなのだ。こうした背景があってか、例えば掛川城(かの山内一豊ゆかりの城)の再建(天守閣の本体工事費11億円のほとんどが募金)にしても、掛川駅の木造社屋の保存(目標額5000万円の寄付達成)にしても、果ては新幹線駅の誘致(一戸あたり10万円の寄付)にしても、住民が多大な寄付をして支えてきた過去がある。実際に現地では、「決して特別裕福ではない経済状況の祖母(これが「祖父」でないのがまた興味深い)が迷わず10万円を寄付した」といったエピソードを、複数の人からうかがった。その背景には、そうした行動が「未来に残すに値する」という共通認識があるようなのだ。
掛川が考えるモビリティの姿
翻って自動運転について。こちらも、来るべき未来において必要であるという観点からその導入と活用が検討されている。今回、静岡県と掛川市の担当者のおふたりにお話をうかがったのだが、彼らが見ているのは「どうやって自動運転を社会に導入するか」ではなく、「どうしたら将来のモビリティを確保できるか」であり、そこには、自動運転はそのソリューションのひとつに過ぎないという明快なビジョンが感じられた。
ともすると、技術的・経済的側面での導入と安定運用がそのゴールに設定されがちな自動運転技術だが、自動運転技術はあくまで「手段」である。目的は地域の人たちのウェルビーイングを維持するモビリティの実現なのだ。
住民の移動手段をどう確保するか。そのためには大きな乗り物は要らない。スローモビリティで十分。駅前の一等地を駐車場にするより、郊外に駐車場を作ってそこから駅まで別のモビリティを使うような、車社会と新たなモビリティを融合させた生活スタイルの構築を目指す。そのためには、そうした文化形成に向けて若者をどんどん巻き込んでいきたい。最終的に「ウォーカブル(walkable)なまち」、すなわち「歩ける地域」を目指すというところまで、掛川市は描いている。
そして、このように描いた未来からバックキャストした上での、ソリューションのひとつとしての「自動運転」なのだ。彼らは決して自動運転を唯一無二のソリューションなどと考えていない。繰り返しになるが、自動運転はあくまで手段なのだ。
市民の意識が高い地域では自動運転の社会的受容性が高い
筆者が政府事業として長年実施してきた消費者意識調査によると、市民における地域への意識、すなわち「シビックプライド」が高い地域において、自動運転の社会的受容性を測定する4つの受容性ファクター(後述)のいずれもが高得点を示している。実際に、複数の方々とお話ししたところ(加えて、偶然にも掛川出身者や在住者などにも別途お話をする機会が持てたのだが)、「掛川が大好き」という住人や関係者が多く、地域に対する意識が高い人が目立つ。 筆者が設定している自動運転の社会的受容性醸成に向けた4つの受容性ファクターとは、①自動運転の導入にあたって、自動運転の社会実装により生活スタイルが変わることを受容できるか(生活変化)、②自動運転の社会実装にあたって各種学習が必要となることを受容できるか(学習)、③自動運転社会の実現と社会実装にあたって公的・私的なコスト負担を受容できるか(コスト)、④自動運転の特有の性質やリスク、技術的な限界を受容できるか(固有性・技術限界)である。
とくに、自動運転の領域に限らず、新たなコストを負担することに抵抗感を持つ人は多い。また、自動運転という新しいモビリティの社会実装においては、ルールや特性に加えて、技術的側面やリスクについての理解が求められるなど、それなりの覚悟と学習負荷を必要とする。
この点について、実は掛川市においては、先に述べたように未来に向けた寄付の文化があることに加え、生涯学習都市としての「学び続ける姿勢」と、「地域貢献のためにコスト負担をする意識」がもともと備わっているという大きなアドバンテージがある。掛川市における生涯学習宣言の中には「一生涯学び続けていこう」という一文があり、個人の学びを自己の充実のみならず、まちづくりに生かしていこうという大きな特徴があるのだ。
その土地で技術と仕組みを「育てる」視点
自動運転の社会的受容性を考える上では、「何を植えるか」(どのような車両をどう使うか)だけではなく、「その土地にそれが合っているか」という、いわば土壌の適性やあり方についても考え、その土地に合う育て方をする必要がある。今回の掛川での実証実験は交通規制を一切行わずに実施した。これも掛川という土地柄で「できる」との判断の上のことだという。実際に走行車両は極めてゆっくり走行し、路上駐車の回避など(これは手動)もあって後続車両には少なからず影響する状況も散見されたが、そこを他の交通参加者が理解し受け入れてくれるという確信が実施側にあるのは、その土地故の相互の信頼感によるものとの点が垣間見えた。
技術の不足を人でカバーすることに対しては、様々な意見があるだろう。交通事故のリスクをゼロにすべく日々邁進している技術開発の方からみたら、ありえないことかもしれない。しかし、技術が移動のすべてをカバーしてくれる時代まで、地方のモビリティはもつのだろうか。高齢化がますます進み、これから団塊世代の免許返納の急増が見込まれる中、移動ができなくなった人たちの生存は、別の意味で脅かされるだろう。
技術による課題解決を待てない領域では、「ウィズ・テクノロジー」を前提に、人とテクノロジーがカバーし合って乗り切っていくしかない。そのためには、一人ひとりが課題と解決策を考えて「安全な使い方」を学び、未来につなぐための負担やコストを投資として受容し、チャレンジしながら育てる土壌が必要なのではないだろうか。
現地に赴き、そこに住む人の話を聞き、歴史を知る。ともすると技術開発やルール策定にばかり目が向きがちとなる自動運転だが、社会受容性の醸成においては、地域の特性と自動運転技術との親和性という観点からのサーベイも求められるのではないかと、掛川にて改めて感じた次第である。
TAJIMA-NAO-8J
- 宮木 由貴子
みやき ゆきこ
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取締役・ライフデザイン研究部長
主席研究員
専⾨分野: ウェルビーイング、消費スタイル、消費者意識、コミュニケーション、自動運転の社会的受容性醸成
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