タイトルバナー
タイトルバナー

「生かす」と「活かす」で考えるモビリティ

宮木 由貴子


本コンテンツは、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が管理法人を務め、内閣府が実施した「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期/自動運転(システムとサービスの拡張)」(NEDO管理番号:JPNP18012)の成果によりまとめられた記事を転載したものです。


今年度も岩手県、栃木県、群馬県、長野県、福井県、岐阜県、大阪府、兵庫県・・・と、各地で自動運転の社会的受容性について講演をさせていただいた。例年に比べて、現地のお話を聞いたりワークショップをやったりということができず、なかなか住民の方々の生の声をいただく機会が持てなかったが、それでもこうした機会を通じて現地の状況に触れることで、改めて見えてきたことがある。

高齢化による移動課題

まずは、いずれの地域でも、そこがどんな都市規模であっても、移動課題に直面しているということ。その背景として最大のものは高齢化だ。自家用車に依存した暮らしをしていればいるほど、「加齢による免許返納」を考えなければならない現実に向き合うことになる。当事者も悩むし、当事者の家族も悩む。免許返納すれば交通事故を起こすリスクはほぼなくなるが、代替交通にすぐ切り替えられるとは限らず、移動を誰かに頼らざるを得なくなることが多い。頼れる家族がいない人も少なくないし、家族がいてもいつも頼り続けるわけにはいかない。免許を手放して自由な活動が制限されたことで、心身の健康を害する高齢者もいる。その場合もやはり誰かに頼ることになる。そのような悪循環を考え続けて思考停止に陥るケースも少なくない。実際、講演後に自分の親御さんの話をしに来てくれる方もいる。

公共交通機関が発達している地域であっても、高齢期の移動は課題となる。都心部の地下鉄などをみても、駅が完全にバリアフリーになっているとは言い難い。朝晩の車両やホームには人があふれ、時間を選ばないと厳しい移動環境にさらされる。バスやタクシーも雨や雪が降ると乗るのに苦労する。結局、公共交通があっても、足腰が弱った高齢者には自家用車がもっとも便利だと考える人が少なくない。

こうした状況にありながら、「自動運転」という技術がそのソリューションとして捉えてもらいにくいのも実情だ。一体それによって何ができて、何ができないのか、いくら費用がかかるのか、その運用はどこがどう行うのか、安全性は、持続性は・・・。こうしたことを考えると、やはり思考停止に陥る。実際、採算がとれない地方の公共交通機関が多い中、新規のモビリティにチャレンジするのは勇気がいる。では、どのような文脈でモビリティのソリューションを導けばよいのか。

筆者はこれについて、モビリティを「生かす」と「活かす」視点で整理している。

「生かす」視点=モビリティをどう存続させるか

「生かす」視点というのは、地域のモビリティを消滅させずに「存続させる」という視点である。例えば、地域の環境とニーズに合う移動手段を創出し、維持していくこと。加齢に関係なく、病気になったり障害を持つこともあるが、そうした際にも、自由に移動できるユニバーサルな移動手段があること。さらに言えば、加齢・病気・障害がなくても、移動に伴うリスクを技術や社会システムによって低減させること。どのような状況の人においても自由な移動が確保できるように、多様なモビリティを活用することを目指し、それを許容・受容する社会風土を醸成すること。そのためには、やみくもにスピードや効率性を追求せず、多少効率が悪かったり時間がかかったりといったことも受け入れながら、モビリティを「存続させる」という目的を地域が共有することが求められる。長期的に見れば、こうしたモビリティの存続は、スピードや効率性を凌駕する価値となっていくだろう。

キーワードとしては、「持続性・サステナビリティ」「日常生活の維持」「安心・安全」、さらには、「不便さの受容」といったものがあげられる。

図表

一方、「活かす」視点というのは、モビリティによるインパクトと価値をしっかり見出し、エビデンスとして示していくプロセスである。第一生命経済研究所では、人生100年時代において不可欠な人生資産として「健康」「お金」「つながり」の3つをあげている(当社書籍『「幸せ」視点のライフデザイン』(2021年)東洋経済新報社などに詳しい)。

この3資産ごとにモビリティの価値を整理すると、まず「お金」面、つまり経済効果としては、運賃収入という直接的なもの以外に、地域の回遊性向上による経済効果や、利便性が向上することによる人口増加などの地域の活性化がある。自由に移動できる環境が確保されることにより、健康寿命の延伸も期待され、それによる社会保障費の低減も効果としてあげられる。また、「健康」の効果としては、移動がもたらす疾病予防、メンタルヘルスの維持・改善、先に述べた健康寿命の延伸などが期待できる。そして「つながり」面では、対面接触やコミュニケーション機会の創出、さらにはモビリティが持つ「嬉しい」「楽しい」というハピネス創出にもつなげられる可能性がある。ステキな乗り物に乗る楽しみ、地域のアイコンとして誇れる乗り物に接する喜び。筆者が前回コラム「乗り物としての魅力と社会的受容性 -最高のドライバーと最高のクルマ試乗-」で熱く語ったように、乗り物は「モノ」としても「コト」としてもハピネス創出につなげられる。その効果はプライスレスだ。

ただし、こうした効果を可視化(みえる化)するにあたっては、何らかの指標を作成し、数字として落とし込むことも求められる。実際にそうした効果測定の研究もSIP事業として行われている。

必要性と効果の認識が社会的受容性を高める

いかにモビリティを「生かし」「活かす」か。その視点で整理し、それぞれの地域で自分たちのモビリティを再考しながら、今、何が地域の課題であり、その解決のために何が必要なのか、モビリティの維持確保のために何をしなければならないのかを考える。そして、その選択肢のひとつとして自動運転という技術を採用するなら、それが自らの地域のモビリティをどう「生かし」「活かす」ことができるのか。その地域にとって、もしくはその人にとって最適な形は、自家用車に自動運転機能(運転支援機能)を搭載することなのか、それとも自動運転で走行する公共交通を導入することなのか。

どのような地域にとっても、どのようなライフスタイルにおいても、万能なモビリティのスタイルというものは存在しない。大事なのは、きちんとしたロジックでモビリティのあり方を捉え、それらを「活かす」方法を丁寧に考え、持続的に「生かして」いこうとするプロセスだ。そうした意識と行動が、新しい技術の社会的受容性を醸成し、効果的かつ持続的な活用につながっていくのではないだろうか。

宮木 由貴子

みやき ゆきこ

取締役・ライフデザイン研究部長
主席研究員
専⾨分野: ウェルビーイング、消費スタイル、消費者意識、コミュニケーション、自動運転の社会的受容性醸成

モビリティコラム一覧

関連テーマ