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人は移動し、集うことで幸せを感じる

−コロナ禍から考えるモビリティ−

宮木 由貴子


本コンテンツは、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が管理法人を務め、内閣府が実施した「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期/自動運転(システムとサービスの拡張)」(NEDO管理番号:JPNP18012)の成果によりまとめられた記事を転載したものです。


拡大する新型コロナウイルスの感染とその影響。人々における影響や行動変容を探るべく、第一生命経済研究所は新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言が発令される3日ほど前の4月3日・4日に、「新型コロナウイルスによる生活と意識の変化に関する調査」を全国の1000人の男女に実施した。

「移動できないこと」は苦しい

世間では、やれ若者が・やれ高齢者がといった、新型コロナウイルス拡散抑制に向けたアクションをとらないとされる層へのバッシングが多々あるものの、調査結果からは大半の人が不要不急の外出を控え、3密(密閉・密集・密接)を回避し、努力している現状が明らかとなった。

また、約8割の人が「人やモノの移動が制限されること」に不安を感じ、そうした生活により多くの人が多大なストレスを抱えている実態も確認された。6割以上の人が「自由に外出できることのありがたみを実感するようになった」とも回答している。

人にとって、自由に移動し、人と集うことは大きな幸せであることが、改めて確認された。

人とのつながりは本能でありハピネス

AI・人間社会行動・幸せ研究についての第一人者である日立製作所フェローの矢野和男氏は、新型コロナウイルスと人間について次のように述べる。

  • 人類は、人との密な協力を前提とする進化の道を選んだお陰で、個体の肉体的な能力では劣るライオンや象をも倒せるようになった。集団で高度に協力することこそが、人類の強さの源泉
  • 幸せのための本能に導かれて、自分のまわりにクラスターを発生させることこそが、ウイルスが拡散するメカニズム
  • 今行っているクラスター化を防ぐ対策は、人の幸福感を必然的に下げる(中略)。しかもこれは、心がけや訓練では変えにくい特性である。従って、クラスター化を防ぐことが長期化すると、必然的に社会にストレスが増え、うつ病などのメンタルヘルスのリスクが高まる

こうした点から、矢野氏は新型コロナウイルスというのは人が「つながりたい」と思う欲求につけ込んだ、いやらしいウイルスであるとしている。「コロナが感染する距離」とは、いわば人が「幸せを感じる距離感」といってもいいだろう。

ITは「“フィジカル”で離れ、“メンタル”でつながる」を実現できるか

イメージ写真
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こうしたなか、私たちに課せられているミッションは、「移動しない」「人と(至近距離で)会わない」ことにより、ウイルスをうつしあうことを避けることである。6週間我慢しさえすれば、コロナを封じ込めることができるとも言われている。

ただし矢野氏が述べるように、この副作用は計り知れない。物理的なつながりが分断されることで、つながり全体が途絶えたり希薄になったりする人は少なくない。今、私たちに求められるのは「“フィジカル”で離れ、“メンタル”でつながる」というつながりの形なのである。ここではITの活躍が重要となる。実際、テレワークやテレビ会議、離れて暮らす家族とのテレビ電話、果ては「オンライン飲み会」など、情報通信技術で補完された「集い」は少なくない。

ここでふと思い出したことがある。筆者がモバイルメディアについて研究をしていた20年ほど前、「情報通信技術により人は会わなくても用が足りるようになり、対面コミュニケーションは減少する」という仮説に遭遇した。

実際どうなったかというと、情報通信の発達により、対面コミュニケーションの機会は増えた。当時「若者」だった筆者は、身をもってそれを体感した。年に1度の年賀状のやりとりしかなかった相手や、引っ越しを繰り返して住所がわからなくなりがちな友人と、メールでつながり続けることができるようになり、「会おう」というアクションが喚起されたのである(年賀状でありがちな「今年こそ会いたいですね」という文言は必ずといっていいほど実現しない)。ITの活用によって“メンタル”でつながることが、より“フィジカル”で会う欲求をもたらすようなのだ。ITは人とのつながりを代替・補完するいっぽうで、より “フィジカル”なつながりへの希求を高める側面を持つといえよう。

“ハピネス”をもたらすモビリティとは

自動運転関連のコラムコーナーで、宮木は一体何を言いたいのだろうと思われるほどの回りくどさだが、ここで言いたいことは以下のとおりである。

・人にとって、自由に移動し、人と集うことは大きな幸せである

・人はITでつながることができていても、むしろITでつながれるからこそ、対面コミュニケーションをしたい

だからこそ、将来的な移動のソリューションのひとつとして、自動運転について考えておく必要がある。従来からいわれているように、自動運転には交通事故削減、渋滞緩和、移動弱者への手段供給、関連産業の成長促進といった観点での期待が大きい。これに加えて、移動というものが、衣食住をはじめとする生存や社会生活を支えるものであると同時に、人とのつながりやQOL(Quality of Life)の観点からも極めて重要なものであることを再認識する必要がある。本コラムで昨年11月にも言及した「モビリティ・アズ・ア・ハピネス」である。

自動運転は、この点においてどのような貢献ができるのか、人のQOLをどう保ち向上させられるのか。コロナ禍にて、こうしたことを改めて考える必要を感じる。この一連の騒動と損失から、少しでも学ぶものがなければ救われない。

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宮木 由貴子

みやき ゆきこ

取締役・ライフデザイン研究部長
主席研究員
専⾨分野: ウェルビーイング、消費スタイル、消費者意識、コミュニケーション、自動運転の社会的受容性醸成

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