動かない日銀、動いた財務省

政府は為替介入を実施した模様

藤代 宏一

  • 4月29日に政府(財務省)・日銀は為替介入に踏み切ったとみられる。神田財務官は、「過度の変動が投機によって発生すると国民生活に悪影響を与えるので、しっかりと対応しなきゃいけない」、「情報公開に努めている。5月末にしっかり発表をさせていただく」として「為替介入の有無について申し上げることはない。ノーコメント」として明言を避けたが、29日の急速な円高は為替介入らしい動きであった。神田財務官が記者団に対して見せた「微笑み」は実に意味深であり、そこから察するに覆面介入の可能性が高いと判断される。こうした感想を抱いたのは筆者だけではあるまい。(※文章の複雑さを回避する観点から以下では為替介入があったこととして取り扱う)

  • 政府が為替介入を決断した背景として大きかったのは、何と言っても円安の速度であろう。5の倍数の通過時間は150円(2/13)から155円(4/24)までが2ヶ月超であったのに対して、155円から160円は事実上3営業日であった。

  • ここで改めて4月26日以降の動きを整理すると、円安に拍車がかかったのは日銀の金融政策決定で(一部に意識されていた)長期国債の買入れ方針変更について明示的変更がなかったことであった。長期国債の買入れ減額、つまりQTを通じて為替市場に働きかける可能性も取り沙汰されてはいたが、結果は「2024年3月の金融政策決定会合において決定された方針に沿って実施する」との方針が維持され、日銀の姿勢に変化なしとの見方が広がった。その後の植田総裁の記者会見では、記者からの質問が為替に集中した。立場上、為替に対する直接的言及を避けなくてはならない植田総裁の回答は「一般論」にならざるを得ないのだが、為替市場では「(為替対策としての)金融引き締めなし」との受け止めから更に円安が進行する事態となった。その後、金曜夜から月曜の午前にかけては、タカ派的な結果が予想されるFOMCを先取りする動きと相まって一段と(ドル高主導で)円安が進行した。

  • 為替の先行きについて、円安圧力が再燃する場合、今回介入が実施された160円付近では上値が重くなるだろう。もっとも、円安がゆっくりと進むならば、政府が再び為替介入を仕掛けてくる可能性は低いと思われ、更なる円安も十分に考えられる。ここで2022年9月の為替介入を振り返ると、最初の介入があったのは145円付近(介入額は約2.8兆円)であった。介入直後にUSD/JPYは140円付近まで下落したが、その後もFedの利上げ観測などからドルが全面高となる中で(最初の介入があった)145円を通過すると、150円付近まで円安が進行した。結局、財務省はUSD/JPYの150円到達をみて約5.6兆円の巨額介入に踏み切った訳だが、介入ラインは145円から150円へと後退していた。こうした経緯に鑑みると、次の介入は160円超となるのではないか。

  • なお、円安が日銀を利上げに動かすとの見方に筆者は否定的。特に現在のようにドルが全面高の状況では、日銀が採り得る「僅かな利上げ」が日米金利差に直接働きかける効果は限定的で、焼け石に水に近いものがある。日銀が為替を意識して金融引き締めに転じるとしたら、FEDの利下げ観測が復活するなどしてドル高基調がドル安基調に転じる時ではないだろうか。多くの市場参加者がドル安を意識し易い地合いの方が、日銀の利上げが為替市場で材料視される可能性は高まる。

藤代 宏一


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